眠りは、誰もが毎日体験する日常的な現象です。そのため、多くの人は眠りについて基本的なことは分かっているつもりになっているのではないでしょうか?「睡眠は健康にとって重要だからたくさんとったほうが良い。」「平日は忙しくて十分に眠れないので休日くらいは長く眠って体を休めるように努力している。」「ぐっすり眠るためには日中に大いに運動して体を疲れさせるのが有効だ。」「夜によく眠れないので、その分を補うために昼寝をとるようにして健康に気を配っている。」どうでしょうか、これらの見解は、あなたにとっても納得できるものではありませんか?実際、こうした主張は、多くの方の「眠りの常識」としてよく聞かれるものです。しかし、実はこれらのいずれもが事実とは言えないのです。このような眠りに関する「誤った信念」に基づいて生活を送っている人のなんと多いことか。しかも、これらの「誤った信念」は、皆さんの健康に寄与するどころか、健康を阻害することにつながっているのです。自分の健康のためと思って自らを不健康にしている人々が実は非常に多いのです。

睡眠研究の歴史について


また、眠りの研究の歴史は実は意外に短く、夢見の睡眠として知られるREM睡眠がChicago大学のNathaniel KleitmanとEugene Aserinskyによって発見されたのは1953年のことで、やっと約半世紀が過ぎたところです。ちなみに、Freudの夢の分析をそのまま受入れている科学的睡眠研究者は皆無と言って良いですが、そのFreudの夢の分析についての本が出版されたのは、さらに半世紀前の1900年のことです。
このように、科学的に睡眠が研究されるようになってからの歴史は比較的浅く、未だに眠りについての謎は深く、その知識については、専門家も含めてまだまだ完全とはとても言えない状況です。眠りに関する研究は現在も世界中で活発に進められています。

眠りとは何か


最初に述べた「眠りの常識」がなぜ誤っているのかを理解するためには、そもそも眠りとは何かという事を理解しなければなりません。
眠りとは、ガス欠で車が動かなくなるように、疲れたから休息するために休むというような単純な現象ではありません。実際、我々は疲れていようと疲れていなかろうと、夜になれば眠くなって眠ります。疲れていなくても眠りますし、眠り方を間違えば、疲れがとれるどころか疲れを増す結果にさえなってしまいます。眠りとは脳の中にある複数のメカニズムが、脳自体を「睡眠」というある状態に変化させる積極的なプロセスによって起きている現象です。

眠りの種類

図1 睡眠を記録する方法(脳波、筋電図、眼球運動の記録電極の位置Rechtschaffen, A. & Kales, A. A manual of standardized terminology, techniques and scoring system for sleep stages of human subjects. 1968, U.S.Department of Health, Education, and
Welfare Public Health Service, National Institute of Neurological
Diseases and Blindness Neurological Information Network
Bethesda, Maryland より引用)

図2 それぞれの睡眠段階での脳波像(Rechtschaffen, A. &
Kales, A. A manual of standardized terminology, techniques and
scoring system for sleep stages of human subjects. 1968, U.S.
Department of Health, Education, and Welfare Public Health
Service, National Institute of Neurological Diseases and Blindness
Neurological Information Network Bethesda, Maryland より引用)


図1は、睡眠を研究する際に必要な電極などの配置を示しています。上から、左の眼球運動、右の眼球運動、アゴ(オトガイ筋)の筋電図、中心部(C3あるいはC4)の脳波を示しています。

眠りには、いくつかの「段階」が認められます。図2に示したのは、上から「段階W(覚醒)」、「睡眠段階1」、「睡眠段階2」、「睡眠段階3」、「睡眠段階4」と呼ばれる段階の脳波像をならべたものです。一番上の脳波は、覚醒している状態を表しますが、覚醒状態とは言っても眼を閉じて安静にしている状態の脳波です。眼を閉じていて安静にしているとアルファ波と呼ばれる8-13Hzの周波数の脳波が後頭部を中心に出現します。眠くなってくると、このアルファ波が徐々に消失していきます。20秒間もしくは30秒間の記録区間のうちの50%以上をアルファ波が占めているうちは覚醒と判断されますが、50%を切ると睡眠段階1と判断されます。睡眠段階1は、もう少し周波数の低い4-7Hzのシータ波が中心となる脳波像を示し、図2の睡眠段階1の脳波には、睡眠段階1に特有な瘤波(hump wave、頭頂部鋭波vertex sharp wave)と呼ばれる脳波が良く出ています。脳波像は覚醒時と全く異なりますし、行動上も瞼を閉じて、姿勢を維持できずにいるため、明らかな睡眠状態なのですが、この状態の人の約半数は自分が眠っている事に気がつかず、起こされた後も自分自身は起きていたと主張する事があります。このように自分自身の眠気や浅い眠りの状態を自覚する事は意外に難しいのです。

さらに眠りが深くなると睡眠段階2と呼ばれる段階に移行すると(この図では分かりにくいですが)睡眠紡錘波と呼ばれる脳波(図中の少し濃く見える部分です)やK複合波と呼ばれる脳波が出現するようになります。この段階になると多くの人が自分自身が眠っていた事を認識できる状態となります。さらに眠りが深くなっていくと睡眠徐波(2Hz以下、75μV以上)と呼ばれるゆっくりとした大きな脳波が出現するようになります。その睡眠徐波の出現が、記録区間の20%を超えると睡眠段階3と呼ばれ、50%を超えると睡眠段階4と呼ばれます。
この睡眠段階3と4は、徐波睡眠と総称され、外からの刺激にも中々反応せず、起こせたとしても非常に「寝起きの悪い」状態です。以上の睡眠段階ごとの脳波の変化は、眠りの深さに伴ってゆっくりした脳波が多く出るようになる(徐波化と呼ばれます。)変化と考える事が出来ます。

図3 レム睡眠とノンレム睡眠。(Jouvet, M. The states of sleep.
Sci. Amer., 216, 62-72.及びAllison, T. and H. VanTwyver. The Evolution of Sleep. Natural History 79: 57-65, 1970より引用・改変。)

図4 REM睡眠の記録(Rechtschaffen, A. & Kales, A. A manual of standardized terminology, techniques and scoring system for sleep stages of human subjects. 1968, U.S. Department of Health, Education, and Welfare Public Health Service, National Institute of Neurological Diseases and Blindness Neurological Information Network Bethesda, Maryland より引用)


一方、こうした眠りとは異なる睡眠が存在します。図3の左端のネコは覚醒中のネコです。中央と右端のネコは眠っています。下半分は脳波などの記録を表し、一番上は「眼球運動」二段目は皮質の脳波、三段目は海馬の脳波、そして一番下は姿勢を保持する筋肉の緊張状態を表しています。眼球運動の記録でとげのように見えるのが眼球運動です。通常、眠ると眼球運動は停止します(中央)。皮質脳波はゆっくりした大きな波が増え、筋肉の緊張は低下します。このためネコは姿勢を保てなくなっています。これに対して右端のネコでは、覚醒中に認められるような速い眼球運動が出現し、皮質脳波は、覚醒状態とは言わないまでも浅い睡眠状態を表しています。これだけを見ると右端のネコは覚醒に近い状態にあるように見えますが、覚醒と違うのは、筋電図の状態が中央の睡眠中のネコと比較してもさらに低い状態にあるという事です。つまり、眼球運動と脳波は浅い睡眠状態を表していながら、筋活動はほとんどゼロの状態という矛盾した状態を示しています。この睡眠状態をレム睡眠と呼びます。レム睡眠のレム(REM)というのは、速い眼球運動の英語Rapid Eye Movementの頭文字をとったものです。また、矛盾した状態の睡眠と言う意味で逆説睡眠(paradoxical sleep)とも呼ばれます。レム睡眠とノンレム睡眠の二種類の睡眠があるとの解説を散見しますが、ノンレム睡眠という言葉は、レム睡眠以外の睡眠段階1から睡眠段階4までの異なる睡眠段階の総称であって、単一の睡眠を表しているわけではありません。図4はレム睡眠の脳波などの記録を表しています。上の二つが眼球運動、中央が筋電図、そして一番下が脳波を表しています。図中の矢印が急速眼球運動を表しています。一番下の脳波の下線部分は、レム睡眠中に良く現れる(のこぎりの歯の形に似ている)鋸歯状波(saw toothed wave)を示しています。

次回は、一晩の眠りの経過などについて解説します。