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睡眠研究所

一晩の眠りの経過

一晩の眠り

前回は、眠りの種類、つまり主にREM睡眠とNREM睡眠についてご説明いたしました。では、一晩の眠りの「構成」がどうなっているのかという点について、次にご説明していきたいと思います。図5はヒトの一晩の睡眠の典型的な経過を表した図です。左端の縦軸が示しているのは、前回、説明した睡眠段階です。Wとあるのは覚醒、1,2,3,4はそれぞれ睡眠段階1,2,3,4を指しています。図中の黒い四角形の部分はREM睡眠です。睡眠段階の3と4は、まとめて徐波睡眠(SWS: Slow Wave Sleep)や深睡眠などと呼ばれますが、実際、刺激を与えても中々覚醒しない「深い」睡眠です。この徐波睡眠は主に夜間睡眠の前半に集中して出現し、睡眠の後半、つまり明け方にはあまり出現しません。一方で、REM睡眠は夜間睡眠の前半ではあまり出現せず(1回あたりの持続時間が短い)、夜間睡眠の後半で多く(1回あたりの持続時間が長い)出現します。

図5 ヒトの夜間睡眠の典型的な経過図(Dement, W. & Kleitman, N. Cyclic variations in EEG during sleep and their relation to eye movements, body motility, and dreaming. Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 1957, 9: 673-690.より引用・一部改変)

REM睡眠は睡眠の後半で出現しやすく、徐波睡眠は睡眠の前半に集中して出現するのですが、このパターンの背景にあるメカニズムは、REM睡眠と徐波睡眠では異なっているとされています。REM睡眠は、地球上の生物のほとんどが示す、約24時間の周期のリズム(概日リズム、Circadian Rhythm)を背景として生じているとされ、次の日の午前中も眠りを続けた場合には、午前中にREM睡眠は出現しやすく、さらに日中の午後に眠った場合には、REM睡眠は出現しにくくなります。

徐波睡眠は夜間睡眠の前半で出現しやすく後半で出現しにくくなるというパターンを示すので、こちらも約24時間のリズムによって制御されていると解釈できそうですが、実はそうではなく、徐波睡眠の出現量は、睡眠の前の覚醒時間の長さの関数になっています。つまり、眠る前にどのくらい目覚めの状態でいたのか、その時間が長ければ長いほど、睡眠に入った後に出現する徐波睡眠の量は多くなります(図6)。


図6 睡眠の前の覚醒時間の長さ(横軸)と徐波睡眠の出現量(縦軸)。睡眠の前の覚醒時間が長ければ長いほど出現する徐波睡眠の量は増加する(Knowles et al. Slow-wave sleep in daytime and nocturnal sleep: an estimate of the time course of “Process S”. Journal of Biological Rhythms, 1986, 1: 303-308.より引用及び一部改変)

REM睡眠の周期性

図5からもお分かりのように、REM睡眠は7,8時間の夜間睡眠の間に3回から5回程度繰り返して出現します。その繰り返しは、約90分の周期を持っている事が知られています。この約90分の周期のことを睡眠周期(Sleep Cycle)と呼びます。しかし、この90分の周期というのは、時計のように正確という訳ではなく、60分程度から120分程度までの範囲で変動し、これらの平均をとると約90分であるという事です。図5はDement & Kleitman (1957)の図を引用(改変)しているものですが、この図はあくまでも典型的な夜間睡眠の経過を表しており、このような規則正しい90分程度の周期性を常に示すというわけではありません。

また、成人の通常の夜間睡眠は図のようにNREM睡眠から始まり、深いNREM睡眠(徐波睡眠)を経たのちに最初のREM睡眠に入るのですが、24時間の周期性(前述の概日リズム.例えば昼行性動物が昼間覚醒し、夜間に睡眠をとるなどのリズム)を明確に示すようになる前の乳児では、REM睡眠(乳児期には筋の抑制が不十分で体動が伴うため、動睡眠(Active Sleep)と呼ばれる)から睡眠が始まることの方が一般的で、24時間の周期が出来るようになると、大人と同じようにNREM睡眠から始まる睡眠へと変化していきます。

さらに、成人であっても、日中に仮眠をとったり、夜に分断された睡眠をとったりなど、通常とは異なる睡眠パターンをとった場合には、睡眠がREM睡眠から開始する場合もそれほど珍しくはありません。REM睡眠が覚醒に続いてすぐに出現することを入眠時REM睡眠と呼びますが、この時にいわゆる「金縛り体験」が生じる事が分かっています。(金縛り体験については、睡眠研究所のWebsiteの「睡眠と心理学」の中の説明を参照してください。)

夜間睡眠中の自律神経機能やホルモン分泌など

睡眠と覚醒では、自律神経系の活動も変化します。覚醒から睡眠に向かう過程では、交感神経系の活動が低下し、結果として相対的に副交感神経系の活動が優勢になります。自律神経系とは、自動車のアクセルの役割をし、生物が戦ったり逃げたりする(闘争・逃走反応)のに適した状態を作り出す神経系である交感神経系と、ブレーキの役割をし、安静な状態を保つ働きをする副交感神経系の二つの神経系から構成される神経のシステムで、このアクセル役(交感神経系)とブレーキ役(副交感神経系)がバランスをとることで、生物の状態をある一定の範囲内で安定させています。自律神経系は基本的には意志の力では制御できません。制御できないことは、言い換えれば意図的に制御しなくても自動的に制御してくれるということです。自律神経系は意志の力を借りなくても生物の状態を一定に保つ役割を自動的にしてくれている役割を担っていますが、このことから特に生命維持に関わる機能は自律神経系の支配下にあります。心臓の拍動の制御なども自動的に行われていますが、もし、心臓の拍動が意志で制御しなくてはならないとすると、忘れっぽい人などは、心臓を動かすのを忘れて死んでしまうかもしれません。ですので、このような生命維持に関わる機能は自動制御されているというわけです。

睡眠中は、ブレーキの役割を果たす副交感神経系の働きが相対的に優性になり、言わば、睡眠中は、大雑把な言い方をすれば身体の状態は「休んでいる」状態に近くなります。しかし、決して、身体の働きが止まっているわけではありませんし、特にREM睡眠の時には、呼吸数や心拍数は上昇し、交感神経系の働きが一時的に優性になります。しかも、単に交感神経系が優位な状態というのではなく、呼吸数や心拍数は上昇や下降を繰り返し、不安定な状態となります。REM睡眠中に生じるこのような自律神経系の状態を「自律神経系の嵐」と呼ぶことがあります。

また、睡眠中には比較的大量の汗をかきますが、その発汗は、睡眠の前半に出現する深睡眠(徐波睡眠、睡眠段階3+4)と一致しています。この深睡眠と一致して現れる発汗は、発汗中枢を抑制している大脳皮質の働きが、深睡眠中に一時的に弱くなるためと考えられています。

睡眠中には、様々なホルモンが分泌の状態を変化させます。例えば、脳の松果体という場所から分泌されるメラトニンというホルモンは、明確な24時間の分泌リズムを示し、日中の分泌量は少なく、夜間睡眠の前から分泌量が増加し、睡眠中に分泌量がピークを迎え、睡眠の後半に減少していきます。また、成長ホルモンというホルモンは、夜間睡眠の前半の深睡眠と一致して分泌量がピークを示し、睡眠の後半や日中には低値を示します。前者のメラトニンは、睡眠に直結しているというよりも、約24時間のリズム(概日リズム)を示し、生物時計の支配下にあり、一方で、成長ホルモンは、睡眠という状態に依存しています。メラトニンは夜間に徹夜して覚醒を続けても、分泌のパターンは変わりませんが、後者の成長ホルモンは徹夜をしてしまうと夜間のピークは出現しなくなります。

前者のメラトニンのような生物時計の支配下にあるホルモンを「リズム依存性」のホルモンと言い、後者の睡眠をとるかとらないかで分泌のパターンが変化するホルモンを「睡眠依存性」のホルモンと呼びます。前者の他の例としては、ストレスホルモンとも呼ばれるコルチゾールがあげられ、後者の他の例としては、黄体刺激ホルモンであるプロラクチンがあげられます。

このように、夜間の睡眠は、外からはただ同じように眠っているだけのように見えますが、ずっと一様の状態というわけではなく、身体の状態を詳しく見てみると、様々な状態から構成されている複雑な現象だという事が分かります。

次回は、睡眠の背景にある生物リズムについて解説します。