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睡眠研究所

睡眠と心理学

「かなしばり」は霊のしわざか?

社会学部人間心理学科特任教授 福田一彦



「夜中に目が覚めると突然体が動かない。しかも、部屋の中に誰かがいる気配がする。目を凝らすと人影のようなものが見え、それが突然自分の体にのしかかり首を絞めてきた。強烈な恐怖を感じたが、どうもそのまま眠ってしまったらしく気がつくと朝だった。」

以上は、典型的な金縛り体験の様子です。お化けや幽霊が見えたりする事もありますが、睡眠に関連して起きる生理学的に説明できる現象です。
専門用語としては、睡眠麻痺(Sleep Paralysis)と呼ばれ日中の耐え難い眠気を主訴とするナルコレプシー(Narcolepsy)という睡眠障害の一症状としても知られている症状ですが、一般健常者にも少なからず認められます。

金縛りの「正体」は、入眠期(眠ってすぐ)に出現するREM睡眠(入眠時REM睡眠)です。麻痺の症状は、REM睡眠のメカニズムである運動神経の抑制により生じ、幻覚体験はREM睡眠の夢見のメカニズムを背景として生じています。金縛りの最中に部屋の様子が「見えた」という報告もありますが、金縛りを誘発(実験室で入眠時REM睡眠を誘発)し、赤外線カメラで様子を観察すると目は閉じ眠っているようにしか見えません。部屋の様子も含めて、金縛りの最中に「見える」物は全て夢と同じように頭の中だけの現象なのです。
金縛り体験は睡眠覚醒習慣の乱れによって出現しやすくなります。典型的には、夕方や夜に1時間程度の長い仮眠をとり、その後しばらく覚醒し夜遅くや明け方に再入眠するといった場合です。このような眠り方は、受験生等に良く認められるので、初めて金縛りを体験する年齢が思春期となる背景にはこのようなことが関係していると思われます。通常、夜間睡眠は徐波睡眠という深い眠りから始まり、REM睡眠は深い眠りの後に出現しますが、先に長い仮眠をとってしまうとそこで深い眠り(徐波睡眠)が出切ってしまい再び夜に寝た時に、徐波睡眠が出にくく直接REM睡眠から睡眠が始まりやすくなります。また、REM睡眠は夜間睡眠の後半に出やすいので、夜更かしをして寝ようとする時刻が明け方だったりすることもREM睡眠を出やすくしているのです。このような背景があり「夕方の仮眠」+「夜更かし」の場合に金縛りが増えるのだと考えられます。
また金縛り時の睡眠姿勢は殆どの場合、仰向けです。金縛りを避けるためには、生活習慣を規則化することと仰向けで眠らないことなども有効と考えられます。

<参考文献>

・福田一彦(2014)「金縛り」の謎を解く、夢魔・幽体離脱・宇宙人による誘拐、PHPサイエンス・ワールド新書

詳細や先行研究について

(1)健常者とナルコレプシー患者の睡眠麻痺(金縛り体験)

先に述べましたように、金縛りは睡眠麻痺(Sleep Paralysis)と呼ばれ、日中の過度な眠気を主訴とするナルコレプシー(Narcolepsy)という睡眠障害の一症状として知られている現象です。また、体験の最中に表れる幻覚は、専門用語で入眠時幻覚(Hypnagogic Hallucinations)という名称で呼ばれています。これらの症状はナルコレプシーの補助的症状として知られてますが、同時に健常者にも出現します。実際、これらの症状は歴史上では最初に健常者で報告されています(Mitchell, 1876; Maury, 1848)。健常者での出現率(生涯有病率)は報告によって異なりますが、決して少ない数ではなく、ナルコレプシーで報告されているのとほとんど変わらないものさえあります。(Fukuda, 1994)。
ただし、Narcolepsyの睡眠麻痺と孤発性の睡眠麻痺との違いは、その個人内での頻度であり、健常者の場合、多くは、生涯に数度や年に何回かという程度であり、ナルコレプシー患者のように毎週や毎日のように体験することは稀です。また、ナルコレプシーの患者には情動が引き金となって体の力が抜ける「情動脱力発作(Cataplexy)」という症状があり、これは健常者では生じることはありません。脱力発作の有無がナルコレプシーかどうかの重要な基準だと考えられるのですが、最近はマイルドなナルコレプシーというようなカテゴリー(Narcolepsy Type 2)が認められるようになってしまいました(ICSD3: International Classification of Sleep Disorders 3rd Edition,睡眠障害の国際基準 第3版)。
この診断基準の場合、脱力発作は必要ではなくなります。しかし、世界的基準から大きく外れて睡眠不足(約1時間半短い)の日本の高校生や大学生の場合、比較的簡単にNarcolepsy Type 2の基準に当てはまってしまいます。過眠症状(日中の耐え難い眠気)を主訴とする日本人の若者の場合、診断には特に慎重でなければならないのではないかと考えています。

<引用文献>

1、American Academy of Sleep Medicine. International classification of sleep disorders, 3rd ed. Darien, IL: American Academy of Sleep Medicine, 2014.
2、Fukuda, K. Sleep paralysis and sleep-onset REM period in normal individuals. In: Ogilvie, R. & Harsh, J eds. Sleep onset: normal and abnormal processes. Washington: American Psychological Association, 1994: 161-181.
3、Mitchell, S. On some of the disorders of sleep. Virginia Medical Monthly, 2, 769-781, 1876.
4、Maury, A. Les hallucinations hypnagogiques (ou les erreurs des sens dans l’état intermédiaire entre la veille et le sommeil) [Hypnagogic hallucinations (or sensory errors in the intermediary state between waking and sleeping)]. Annales MédicoPsychologiques, 11, 26-40, 1848.
・福田一彦(2014)「金縛り」の謎を解く、夢魔・幽体離脱・宇宙人による誘拐、PHPサイエンス・ワールド新書

(2)金縛りの生理学

これも先に述べましたように、金縛り体験(睡眠麻痺及び入眠時幻覚)の「正体」は、入眠期に出現するREM睡眠(入眠時REM睡眠)です。覚醒状態から直接REM睡眠に入るので、覚醒時の意識がREM睡眠中の意識と連続するのだと言われています。金縛り体験時のREM睡眠は入眠期に出現するという特徴に加えて、通常の夢見時のREM睡眠と比較してα波(覚醒時に出現する脳波)が豊富に出現するなど、脳の活性化の状態が高い事が分かっています(Hishikawa, 1976; Takeuchi et al., 1992)。
金縛り体験時に見えているもの全てが幻覚体験であると考えられますが、脳の活性化のレベルが高いことを背景にして、体験される幻覚体験の鮮明度も高いため、睡眠中の体験ではなく覚醒中の体験と誤解してしまうと考えられます。また、REM睡眠中には、負の情動(恐怖・不安・怒りなど)に関係する脳部位である扁桃体が活性化していることが知られています(Maquet, et al., 1996)。金縛りの最中の恐怖感は、この扁桃体の活動によって引き起こされていると考えられます。
また金縛り時の睡眠姿勢は殆どの場合仰向けです(Fukuda et al., 1998; Dahmen et al., 2001)。この理由は良く分っていませんが、横向きで眠りに就いた場合、REM睡眠のメカニズムにより体の姿勢を維持する筋肉の緊張が消失するため、横向きの姿勢を維持できず、体が動くため、REM睡眠が中断し、金縛り体験の出現が妨害されるのに対して、仰向けの睡眠姿勢は筋緊張が消失してもその姿勢が変わることがないと考えらます。このため、入眠時REM睡眠という状態が維持されやすく、金縛り体験が出現しやすいのではないかと考えています。

<引用文献>

1、Dahmen, N., Kasten, M. REM-associated hallucinations and sleep paralysis are dependent on body posture. Journal of Neurology, 2001, 248: 423–424.
2、Fukuda, K., Ogilvie, R.D., Chilcott, L., Vendittelli, A., Takeuchi, T. The prevalence of sleep paralysis among Canadian and Japanese college students. Dreaming, 1998, 8: 59-66.
3、Hishikawa, Y. Sleep paralysis, In: Guilleminault, C., Dement, W., Passouant, P. eds. Narcolepsy. New York: Spectrum: 1976, 97-124.
4、Maquet, P., Péters, J., Aerts, J., Delfiore, G., Degueldre, C., Luxen, A., Franck, G. Functional neuroanatomy of human rapid-eye-movement sleep and dreaming. Nature, 1996, 383: 163-166.
5、Takeuchi, T., Miyasita, A., Sasaki, Y., Inugami, M., Fukuda, K. Isolated sleep paralysis elicited by sleep interruption. Sleep, 1992, 15: 217-225.

(図)夢見時(左)と金縛り時(右)におけるアルファ波の出現状態。金縛り時にはアルファ波が顕著に出現している事が分かります。(福田一彦(2014)「金縛り」の謎を解く. 夢魔・幽体離脱・宇宙人による誘拐. PHPサイエンス・ワールド新書より再掲.)