海外専門研修
アメリカ専門研修

体験レポート

2016 年度 アメリカ海外専門研修体験レポート


アメリカ ─歴史を重んじる国─ 【現代社会学科 川辺 太郎さん】

アメリカで最も有名な都市はニューヨークであるというのは誰も反対しないだろう。アメリカといえばと聞いて首都のワシントン D.C(. 以下ワシントン)より先に思いつく人も多いだろう。という私もそうである。今回の研修では、世界の流行の最先端ニューヨークと、首都であるワシントン D.C.を訪れた。ニューヨークに 3 日間、ワシントンに 4 日間の滞在だ。ワシントンでは国立歴史公園や国立公園局に伺ったが、今回の文では主に、ニューヨークとワシントンの中心地を歩いて感じたアメリカの歴史観について書くことにする。
日本を出たのが 9 月 5 日の 16 時ごろ、アメリカに着いたのも 9 月 5 日の 16 時ごろ、おもしろい。12 時間半のフライトと 13 時間の時差によって同日のほとんど同時刻に到着。面白い体験だ。私は今まで海を越えて 3 カ国に行っており、それぞれの土地に降り立った時の空気が違うことを感じてきた。今回アメリカに着いたときもまた、今までとは違う空気のにおいを感じた。

・ ニューヨーク
空港からホテルまでは意外にも静かで人も少なかった。郊外ならどこでもそうだろうか。しかしニューヨーク市に近づくにつれ、遠くにあった高層ビル群が私の視野を占領してきた。マンハッタンに入ると海外ドラマや映画でしか見ることのできなかった光景が目に飛び込んできた。蒸気が上る歩道脇の工事現場、巨大な電光掲示板で埋め尽くされたタイムズスクエア、イエローキャブ(タクシー)、どれもこれもがリアルかと疑うようなものばかりである。私は、ニューヨークに来たという事実を不思議に感じた。
翌日は Big Bus という観光バスに乗って市内観光した。バスでは常にガイドが市内の魅力について解説している。人によって愉快な口調だったりラフだったりボディランゲージを多用したりとガイドは個性的で楽しかった。さらに日本語の音声ガイドもあったので、総合的に聞きやすかった。一周して感じたのは、歴史的な建造物が多いということである。特に教会が多く、つくられた当時の様相を呈しており趣があった。石造りなのでより一層そう思ったのかもしれない。最も興味深かったのは看板の色が時代を示していることだ。道の看板は基本的に緑地に白字であるが、植民地時代からある道は茶色地、歴史的な道は黒地と分けられている。アメリカ人が歴史を日常的に重んじていることが窺えた。
ニューヨークでのハイライトは 9.11 ミュージアムである。2001 年 9 月 11 日のあの事件を忘れないためにつくられたものだ。今回アメリカで必ず訪れたいと思っていた場所の一つである。当時私は小学 1 年生だったが、ビルに飛行機が突っ込む映像がテレビで流れていたのを今でも覚えている。普通の日が最悪の日になった。アメリカ人にとっては、初めて「 攻撃される」 という恐怖を味わったのだろうか。日本人にとっては原爆を受けたような感じか、とにかく言葉にできない雰囲気を展示物や当時の映像から受け取ったが、アメリカ人にとってはもっと大きな意味のあるものなのだろう。私も、この歴史的大惨事を改めて胸に刻んでおこうと思った。元々 2 つのタワーがあった場所には犠牲者の名前が掘られた水のモニュメントがつくられており、ミュージアムを見終わった後には、見る前より一層水の音が寂しく感じられた。ニューヨーク最終日は自然史博物館へ行った。博物館そのものよりも、途中で通ったセントラルパークが非常に魅力的な場所だった。名前の通り、マンハッタンのど真ん中にある公園である。セントラルパークはとにかく広い公園だ。自然史博物館が公園の西側にあるが、公園沿いに半分も行かない距離のはずが、歩いて 30 分以上もかかった。公園内にはいくつかの彫刻があり、建造物も古くからあるようなものばかりだ。後で調べてみると、公園は 1859 年につくられているというから驚きである。南部の入り口付近はざわついているものの、中央部に行けば行くほどとても静かだ。南北に一直線に伸びているからだろう、公園を横切る車道が数本あり、東西に横断できるようになっている。
3 日間ニューヨーク市のほんの一部分を見て回ったが、思っていたほど喧騒ではなく、都会的なところもありながらその中に穏やかな空気も混ざり、落ち着いた雰囲気であると感じた。今回は音楽やファッションに触れる機会がなかったが、ニューヨーク市そのものについて多く触れることができたので、多少は満足できた。

・ワシントン D.C.
ワシントンに移動すると、そこがニューヨークとは全く違った都市であることに驚いた。ワシントンは首都だが、日本でいう東京のような場所では決してない。そもそもワシントン D.C.の D.C. とは District of Columbia(コロンビア特別区)の略で、独立した行政区なのだ。
一日中自由の日があり、その日は朝からホワイトハウスまで歩いた。ここももちろん、アメリカに来たら必ず訪れたかった場所の一つだ。ホワイトハウスを正面から見ることはできず裏側からのみである。一般公開が限られているためだ。早い時間だったからか、辺りには人がほとんどおらず、いるのは数人の散歩人と絵描き、そして核兵器反対の看板を立てたプロテスター一人。裏側とはいえホワイトハウス。威厳のある姿を見ることができたのは大きい。
アメリカの歴代大統領はみな有名で日本人でも知っているだろう。アメリカ人にとって大統領というのは、ただ政治のトップというだけでなく、国を象徴する人なのだと思った。日本では天皇万歳というと右翼として叩かれる傾向があるが、アメリカでは大統領に対して敬意を表することは当たり前であるようだ。それどころか、歴代大統領の持ち物や経歴などが展示してあるホワイトハウスのビジターセンターがある。歴代大統領の行ったことが歴史でありアメリカ人に必要な記憶であるという考え方が理解できた。
ワシントンでも Big Bus に乗ってナショナルモール周辺を移動した。このモール地区はかの有名なリンカーン像と国会議事堂を結ぶ長い地区である。この日は快晴で、リンカーン像からまっすぐ東を向くと、高くそびえるワシントン記念塔が見え、少し外れると国会議事堂が顔を出すという、素晴らしい景色を見ることができた。モール地区の両側にはあらゆる種類の博物館や美術館、戦争に関する碑などが建てられている。首都の真ん中、それもホワイトハウスや国会議事堂のすぐ近くに、アメリカの栄誉をたたえるような歴史的建造物が数多くあることに驚いた。モール地区内では多くの戦争関係者の慰霊碑、退役軍人が車いすを押されている姿、戦いに関係ある言葉など、戦争や勝利に関わるものがあふれている。アメリカは戦争に勝利したことによって、大国イギリスから自由を勝ち取り独立した。このイギリスからの脱却を果たしたことがアメリカの考え方に直結しているのだと考えた。なぜアメリカが力を誇示するのか、今まではよくわからなかった。しかし戦争を含めた自国の歴史を大切にしていることから、国が国としての威厳を保つために戦うことがいかに名誉であるのかということ、それを示すことが重要なのかもしれない。そしてそれが、アメリカ人としての誇りを持っていることなのだろう。

・ まとめ
今回の研修ではアメリカ東海岸のニューヨークとワシントン D.C. を訪れた。ニューヨークは時代の流行発信地、ワシントンは歴史の学び場といったところだろうか。どちらも観光客が非常に多く、バスに乗る客は様々な国から来ていたようだ。アメリカは色々とサイズが大きくてフレンドリー。そして人々はアメリカを愛し、歴史を重んじ、誇りを持っている。観光客たちも様々な場所でたくさんの歴史に触れ、アメリカを楽しんでいた(彼らもアメリカ人かもしれないが)。私は騒がしいところがあまり好きではないので、ワシントンの方が好きだ。どこでも歴史を感じられる。たくさんのミュージアムがあったが、今回は一部しか見られなかったので、ぜひとも多くのミュージアムを訪れ、アメリカの歴史文化を学びたい。


アメリカ研修で思ったこと【現代社会学科 安間 飛翔さん】

アメリカ合衆国は世界のトップの国で、第 2 次世界大戦で日本に勝ち日本を変えた国である、と私は思っていた。幼い頃から父は私に「 日本よりもアメリカに行け、日本を捨てアメリカに行くのだ」 とよく言っていた。当時の私は「 何をおかしなことを言っているのだ」 と、その意味をよく考えようともしなかった。
むしろ祖母の話の方が理解できた。祖母は「戦争は恐ろしいものであり、もう 2 度と起こってほしくない」 と言っていた。当時の祖母は幼稚園ぐらいの年頃で、幼い頃に第2次世界大戦が起こっていたため、確かな記憶は無いものの、戦争の被害者であることに変わりはなかった。いや祖母だけでなく、その時に生まれていた人達全体が被害者なのであろう。戦争は全ての人にとって害があり、誰もが望まぬものなのだ。そして、戦争を知る者は誰よりも平和を願うことであろう。それはアメリカも同じなのではないか。
このような理由から、今回のアメリカ研修では、アメリカの文化も知りたいと思った。まずアメリカに入国したときアメリカの空気を確認した。アメリカの空気は日本と同じであった。高校の時に行った台湾は空気も匂いも「砂」であったが、アメリカはシナモンの匂いがした。ただこの時アメリカはシナモンロールがブームだったようで、シナモンの匂いもそのせいだったかもしれない。
「空気」 に続いて様々なものを観察してみた。アメリカの車は左ハンドルが多いと聞いていたが、実際には日本のメーカーの車すらも左ハンドルであることがわかった。またホテルのコンセントは日本の物と形が似ていたため携帯の充電機も使えることがわかった。街並みに関して言えば、アメリカはビルだらけの町だと思っていたが、実際には、ニューヨークの方はビルとヨーロッパの町並みの混合のようだった。またワシントンはヨーロッパ風の住宅が多い町であった。ニューヨークは芸術を求める文明の町であることがわかったが、ワシントンは古いものを大切にしている町だと言うことがわかった。
またホテルの近くのスーパーに買い物に行くと、日本で見慣れた餃子が売っていた。引率の先生から、「以前教え子がイタリアの桃を買ったところ日本の桃とは違っていた」 という話を聞いていたため、私は期待せずに餃子を食べることにした。この餃子は本来電子レンジを使い温めるものだったが、私はアメリカの電子レンジの使い方がわからなかったため、そのままで食べた。味はニンニクが強かったが、日本でも食べていた味だったせいか美味しく食べることができた。スーパーにはお寿司も売っていたが、わさびがあったため買わなかった。アメリカ人は「 お寿司には絶対にわさびを入れなければいけない」 と勘違いしているのではないかと思った。
そのスーパーにはスープ売り場もあった。スープを作るための材料ではなく、あったかいスープ自体がそのまま売られていたのである。このことから、あまり料理をしていない人も少なくないことがわかるが、私達旅行者にとっては都合のいいこともある。何故ならホテルで料理をするのは難しいからだ。あとスーパーで買ったものにカツサンドがある。カツサンドはパン売り場にあったが、パン売り場にだけスタッフがいた。何故スタッフがいるのかはわからなかったが、要はパンを買うためにはスタッフに話しかけなければいけないということである。スーパーでの買い物の会話はちゃんと成り立ったからよかったものの、一時はどうなるかと不安だった。
会話と言えば、入国審査の時はとても緊張した。ところが実際には、こちらがとても緊張しながら身構えていたところ、当の審査員はまわりの人とおしゃべりをしながら片手間に作業をやっているようで、簡単な受け答えで終わってしまった。ありえない光景だった。
私は今回の研修で 2 回も迷子になってしまった。もちろん道を尋ねることで解決した。私の英語力は悲惨な限りだが、それでも私は一生懸命に英語を話そうと努力した。高校の台湾研修の折、私以外に英語を話そうとする人がほとんどいなかったので、それ以来、外国語で話しかけることには苦労を感じないし、うまく話せなくてもコミュニケーションを取る自信を持てた。これが私なりの話し方なのだ、と納得していた。ただ時折私は、自分と同じ日本人にさえ「どこの国のひとですか?」と尋ねられることがある。しかもその際、「日本人です」と答えると、決まって驚かれる。
このことは喜ぶべきことなのか、悔しがるべきことなのか。今回も帰りの飛行機で日本人のキャビンアテンダントに同じことを言われてしまった。


海外専門研修レポート【現代社会学科 M.N さん】

私は 9 月 5 日~ 12 日までアメリカ専門研修に参加した。海外は 1 年生の時に参加したニュージーランド研修(語学)から 2 度目になる。 2 度目ということもあり、当日の不安や緊張はなく、日常と変わらぬ雰囲気だったと思う。ただ少し寂しく感じたのは、参加学生の中に自分以外に女性がいなかったことぐらいである。研修中は一人部屋だった。

日程はニューヨークで 2 泊、ワシントン D.C. で 4 泊、時差は日本時間から -13 時間で、日本とは約半日時間差があり日本が昼なら研修先では深夜になる。ニューヨークに渡った日は時差の関係で一日得した気分だった。フライト時間は 12 時間~ 13 時間ぐらいだった。ニューヨークで見たもので印象に残っているのは 9. 11 Memorial とアメリカ自然史博物館( American Museum of Natural History ) で、9. 11 Memorial は今から 15 年前に起きたアメリカ同時多発テロの際に被害にあった世界貿易センタービルの跡地周辺にあり、記念博物館ではテロ当時の記録や資料、遺品などが保存されており、実際に見ることができる。飛行機が衝突したビルに使われていた鉄骨の柱や実際に使われた消防車なども展示されていた。鉄骨は衝突の衝撃で原型をとどめておらず、消防車は落下物などによりボロボロだった。テロの衝撃は自分の想像以上のもので、緊張しながら館内を見て回った。アメリカ自然史博物館では動植物や鉱物など様々なものが展示されている。とても大きな博物館で見て回るのに一日以上は必要だと感じたが、今回は時間があまりなかったので、少し駆け足で見て回った。個人的に一番面白かったエリアは鉱物のエリアで、宝石や岩石、珊瑚など世界中の様々な鉱石が展示されていて、見たことのない形の鉱物や、面白い形をした鉱物がたくさんあり、とても面白かった。
またニューヨークで想像と異なり面白いと思ったのは街並みでニューヨークといえば「 都会」 のイメージがあり街並みが日本の東京のような冷たい色合いなのかと思っていたが、ビルばかりではなくレンガ造りの建物も多く色合いに暖か味がある街だった。また、セントラル・パーク( Central Park )というとても大きな都市公園があり、ジョギングする人や犬の散歩をする人、芝生の上で寝ている人、ボール遊びをする子供達など多くの人が利用し、憩いの場としている緑地がこういった都市のあるのはとても羨ましいと思った。

ワシントン D. C. では National Park Service Office への訪問や Harpers Ferry への訪問、自由行動日はホワイトハウスやナショナル・モール( National Mall )へ行き、ナショナル・モール内にあるリンカーン記念堂( Lincoln Memorial )や国立航空宇宙博物館( National Air and Space Museum )などを見て回った。ナショナル・モール内には他にも様々な博物館や美術館、記念碑などがあり、とても広い。全部きちんと見て回るには 3 日以上は必要だと思った。今回時間の都合で 4 か所ぐらいしか見て回れなかったが、行けなかった場所には機会があればぜひ、見に行きたい。

気候は気温自体あまり日本と変わらないが、湿度は日本ほど高くないので、蒸し暑くはなかったが、日差しが強かった。特に滞在中のワシントン D.C. では天気がすごく良く、ずっと晴れていたため、日焼け止めを塗っていたのにもかかわらず、かなり焼けてしまい同じ研修に参加した先輩から「焼けたね~」と言われるぐらいには自分は黒く焼けていた。日本で普通に生活していたらここまで焼けはしないと思った。もしかしたら日本より日差しが強いのかもしれない。

実際に行ってみて、どのような点が日本と異なるのかを体感できたのはとても良い経験になったと思う。個人的に最初に感じたのは様々な物が大きい、又は広いこと。道路や車、街、建物等、見るもの全てが大きく感じた。特に道路は日本と比べると本当に大きく、幅が広く感じる。帰国してなおさら実感した。また、アメリカでは車は右側通行なので、バスなどに乗った際とても違和感というか、不思議な感じがする。ちなみに慣れると帰国した後に日本でまた同じような違和感を得る。
思っていたより苦戦したというか、慣れなかったのが通貨で、日本と違い硬貨に数字が記載されていない。そのため見た目の大きさや質感と書かれている文字で見分けるのになかなか慣れず、研修後半でようやく硬貨(セント)を使えるようになった。種類にもよるが、同じセントでも描かれている人物や建物、動物など違う場合があり、違う種類見たさに研修最終日には硬貨はあまり使わず紙幣を使ってあえてお釣りをもらっていた。実際に見比べると結構面白い。

物価は日本と比べると少し高めだと個人的には感じた。その分量が多いものもあるので、全てにおいて高めだとは言えないが、大体のものは日本人には高く感じるかもしれない。また、アメリカにはチップという風習があるので、レストランなどでは表示されている額より少し多めにかかると思っておくのが良いかもしれない。チップは金額の 10% ~ 15% ぐらいが良いと言われているが、もらったお釣りをそのまま箱に入れている人もいたので、絶対その額出さなければいけないというわけではない。あくまでも感謝の意であり、受けたサービスに対してのお礼だと思っておくのが良いと思う。日本にはない風習で慣れるのに時間がかかるというか、意識していないと忘れてしまい後で思い出した時に大変申し訳ない気持ちになるので注意が必要だと感じた。

研修中に一番苦労したのはやはり言語だった。英語はあまり得意ではないので、出来ないことを覚悟して研修に参加したが、簡単な会話でさえも本当に聞き取れないことが多く、聞き取れないので返すこともできず、もっと勉強しておけば良かったと本当に後悔した。一番後悔していることはワシントン D.C. での National Park Service Office への訪問や Harpers Ferry への訪問の際に職員の方が色々と説明してくれるのだが、話す人によっては単語すら聞き取れなかったことで、説明内容があまり理解できなかったことが、個人的にはとても心残りというか、残念だったと思う部分だ。聞き取れたら少しでも説明してくださった内容に対しての理解が深まると思ったし、見て回った博物館でももう少し深く内容を知れたのではないかと思ってしまう。これからまた少しずつ英語に触れて、今よりも少しでもできるようになりたいと思っている。

帰国する時は現地時間 11 日朝にワシントン D.C. を出発、ニューヨークを経由し、12 日の昼過ぎに日本についたので 1 日どこかに消えてしまったような感覚だった。そのためなのか、私だけなのか、時差ボケがすごく帰国後 3 日間ぐらい生活リズムが崩れて一週間後から始まる大学が少し不安になった。
苦労が多いようにも思えた研修だったが、本当に行って、参加してよかったと思っている。 Park Service のオフィスを訪問し話を聞けたことや日本以外の文化に触れたこともとても良い経験になったし、何よりとても楽しかった。こういった経験ができるのは本当に今だけ、学生のうちだけなのだと思うと本当に良いタイミングで研修に参加できたと思う。欲を言えば 2 年生の時に行ければ尚よかったかもしれない。できるだけ早いうちに色々な事を経験しておくことは決して悪いことではないと思うからで、これからの自分の糧になると私は思っている。
機会があるなら今度は別の国にも行ってみたい。もちろん時間の都合で行けなかった博物館や美術館にも行きたいが、他の国がどういう雰囲気でどんな風習があるのか見て体験したい。現地で日本と似ているところや違いを発見するのはとても面白いし、楽しいことだと 1 年生の時にニュージーランドへ行って感じたことを再認識できた研修だったと私は思っている。


海外専門研修・感想文【現代社会学科 寺田 惟了 さん】

私はこれまでに海外へは家庭旅行や研修も含め、様々な土地へ赴きアメリカにもハワイに行くという形では訪れたことが何回かある。だがアメリカの本土そのものは訪れたことがなく、今回が実質アメリカ本土への初めての訪問という形へとなった。
 ハワイもアメリカの 50 番目の州という事は間違いないのだが、やはりアメリカの本土とはかなり違うということが分かった。最初に訪れたのがアメリカ最大の都市ニューヨークであり、ここは映画の舞台にも良く起用され、流行もファッションも最前線の都市という世界一の都市であることはよく知っていた。物は探せばなんでもあるという都市であり、実際に食事処などダイニングなどは街の至る所に存在していた。この研修を終え、帰国した一週間後に爆弾テロが起きたというニュースを聞いた際には驚愕した。元々多様な人種が集う街であることに加え、最近の国際問題での観点から爆弾が仕掛けられた動機は素人考えでも判断が付いた。
 華やかな都市というイメージが強いニューヨークであったが、実際に訪れて細かいところを見てみるとやはりマイナスな面はあるにはあるのだと感じた。グランドセントラルパークには所謂ホームレスと思われる人もかなりの数が見受けられ、ごみ箱も分別の文化がないためか、常に満杯であふれているほどであった。歩道も道端ではたばこの吸い殻だらけであり、ポイ捨てがかなり多いという事も明らかだった。喧騒も相当な物であり、毎日乗用車のクラクションがひっきりなしに聞こえてきており、車社会の弊害の一つを感じた。むしろこれこそニューヨークという感覚が芽生えたのが悲しい話である。
 ワシントン D.C においてはニューヨークに比べるとごちゃごちゃしていたという印象は全くなく、小奇麗で町並みも整っているという点が率直な感想であった。ニューヨークでもそうだったが電線などが全て地中に埋められており、雑然とした印象はほぼ見受けられなかった。大統領が暮らすホワイトハウスがあるという、いわばアメリカの本拠地なので他の地域に比べ綺麗にしておくのはある意味当然だったのかもしれない。
 物価自体も相当高くコンビニでドリンクを買うだけでも日本円で千円ぐらいかかるというかなりの物価高で頭が悩んだ。サンドイッチにしても大味であまりおいしいとはいえずおなかを満たすために食べていたというのが本音である(もちろんおいしいものもあったが)。
 今回の研修では文化的ギャップの方に目が行く形になった。都会は少々あわただしすぎるという感覚だが、田舎の方は静かで落ち着きがある少々両極端な面が見えた。こういった文化も実際に自身の目で見なければ判断がつかないのでこういった海外研修は貴重な経験になると感じる。