Haiku Poems of Buson 蕪村句詩集
謝辞:このページは、静岡大学佐々木敏光教授*のご労作に全面的に頼っております。
教授に深く感謝申し上げます。*http://www.ipcs.shizuoka.ac.jp/~ektsasa/haiku1.html
蕪村発句集
春
ほうらいの山まつりせむ老の春 (『蕪村句集』)
日の光今朝は鰯のかしらより
三椀の雑煮かゆるや長者ぶり
うぐひすのあちこちとするや小家がち
鴬の声遠き日も暮にけり
うぐひすや家内揃ふて飯時分
うぐひすの啼(なく)やちいさき口明(あい)て
梅ちりてさびしく成(なり)しやなぎ哉
二もとの梅に遅速(ちそく)を愛す哉
白梅や墨芳(かんば)しき鴻臚館
しら梅や誰(たが)むかしより垣の外
白梅や北野の茶屋にすまひ取
うめ散や螺鈿こぼるゝ卓(しよく)の上
梅咲て帯買ふ室(むろ)の遊女かな
梅遠近南すべく北すべく
なには女や京を寒がる御忌詣(ぎよきまうで)
やぶ入の夢や小豆の煮るうち
薮いりやよそ目ながらの愛宕山
これきりに径(こみち)尽たり芹の中
古寺やほうろく捨(すつ)る芹のなか
筋違(すぢかひ)にふとん敷きたり宵の春
肘白き僧のかり寝や宵の春
春月や印金堂の木間より
折釘に烏帽子かけたり春の宿
公達に狐化たり宵の春
女倶して内裏拝まんおぼろ月
よき人を宿す小家や朧月
さしぬきを足でぬぐ夜や朧月
指南車を胡地に引去ル霞哉
高麗舟のよらで過ゆく霞かな
橋なくて日暮れんとする春の水
春水や四条五条の橋の下
足よはのわたりて濁るはるの水
春雨や人住ミて煙(けぶり)壁を洩る
物種の袋ぬらしつ春のあめ
春雨や小磯の小貝ぬるゝほど
ぬなは生(お)ふ池の水かさや春の雨
はるさめや暮なんとしてけふも有
春雨やものがたりゆく簑と傘
初午や物種うりに日のあたる
静さに湛えて水澄たにしかな
雁行て門田も遠くおもはるゝ
陽炎や名もしらぬ虫の白き飛ぶ
畑うつやうごかぬ雲もなくなりぬ
畑打や木間の寺の鐘供養
妹が垣根さみせん草の花咲ぬ
紅梅の落花燃らむ馬の糞
遅キ日や雉子の下りゐる橋の上
遅き日のつもりて遠きむかしかな
春の海終日(ひねもす)のたりのたり哉
畠うつや鳥さへ啼ぬ山かげに
大津絵に糞落しゆく燕かな
片町にさらさ染(そむ)るや春の風
日は日くれよ夜は夜明ケよと啼蛙
うつゝなきつまみごゝろの胡蝶哉
暁の雨やすぐろの薄はら
よもすがら音なき雨や種俵
しのゝめに小雨降出す焼野かな
山吹や井出を流るゝ鉋屑
骨(こつ)拾ふ人にしたしき菫かな
近道へ出てうれし野の躑躅かな
箱を出る皃几几(かほ)わすれめや雛二対
喰ふて寝て牛にならばや桃の花
商人(あきんど)を吼る犬ありもゝの花
さくらより桃にしたしき小家哉
几巾(いかのぼり)きのふの空のありどころ
旅人の鼻まだ寒し初ざくら
海手より日は照つけて山ざくら
花の香や嵯峨のともし火消る時
桜狩美人の腹や減却す
にほひある衣(きぬ)も畳まず春の暮
誰ためのひくき枕ぞはるのくれ
うたゝ寝のさむれば春の日くれたり
春の夕(くれ)たえなむとする香(かう)をつぐ
花ちりて木間の寺と成にけり
苗代や鞍馬の桜ちりにけり
甲斐がねに雲こそかゝれ梨の花
梨の花月に書(ふ)ミよむ女あり
菜の花や月は東に日は西に
菜の花や鯨もよらず海暮ぬ
ゆく春や逡巡として遅ざくら
行春や撰者をうらむ哥の主
けふのみの春をあるひて仕舞けり
ゆく春や横河へのぼるいもの神
春惜しむ宿やあふみの置火燵
春をしむ人や榎にかくれけり (『蕪村遺稿』)
鴬の枝ふみはづすはつねかな
おぼろ月大河をのぼる御舟(ぎよしう)かな
さくら散苗代水や星月夜
菜の花や油乏しき小家がち
なのはなや魔爺(まや)を下れば日のくるゝ
ゆく春やおもたき琵琶の抱心
なの花や昼一しきり海の音
雉子うちてもどる家路の日は高し
鴬に終日(ひねもす)遠し畑の人
ゆくはるや同車の君のさゝめごと
春雨の中を流るゝ大河かな
大門(おおもん)のおもき扉や春のくれ
小舟にて僧都送るや春の水
春の水すみれつばなをぬらし行
昼舟に狂女のせたり春の水
大原やつゝじが中に蔵建(たて)て
朝日さす弓師が見せや福寿艸
罷出たものは物ぐさ太郎月 (「ふたりづれ」)
燭の火を燭にうつすや春の夕 (「新五子稿」)
春の水山なき国を流れけり (「俳諧新選」)
春雨やゆるい下駄貸す奈良の宿 (「はるのあけぼの」)
釣鐘にとまりて眠る胡てふ哉 (「題苑集」)
椿落て昨日の雨をこぼしけり (「落日庵」)
春の夜や盥をこぼす町外れ
しら梅に明る夜ばかりとなりにけり (「から檜葉」)夏
辻駕によき人のせつころもがへ (『蕪村句集』)
痩脛(やせずね)の毛に微風あり更衣
御手討の夫婦(めをと)なりしを更衣
鞘走る友切丸やほとゝぎす
ほとゝぎす平安城を筋違(すぢかひ)に
子規(ほととぎす)柩をつかむ雲間より
岩倉の狂女恋せよ子規
わするなよほどは雲助ほとゝぎす
牡丹散(ちり)て打かさなりぬ二三片
閻王の口や牡丹を吐かんとす
寂(せき)として客の絶間の牡丹哉
地車のとどろとひびく牡丹かな
ちりて後おもかげにたつぼたん哉
牡丹切(きつ)て気のおとろひし夕かな
山蟻のあからさま也白牡丹
かきつばたべたりと鳶のたれてける
鮎くれてよらで過行夜半の門
みじか夜や毛むしの上に露の玉
短夜や同心衆の川手水
短夜や芦間流るゝ蟹の泡
みじか夜や二尺落ゆく大井川
短夜や浪うち際の捨篝
みじか夜やいとま給る白拍子
来て見れば夕の桜実となりぬ
実ざくらや死のこりたる菴(あん)の主
三井寺や日は午(ご)にせまる若楓
不二ひとつうづみ残してわかばかな
絶頂の城たのもしき若葉かな
蚊屋の内にほたる放してアゝ楽や
古井戸や蚊に飛ぶ魚の音くらし
蚊の声す忍冬(にんどう)の花の散ルたびに
若竹や橋本の遊女ありやなしや
若竹や夕日の嵯峨と成にけり
狐火やいづこ河内の麦畠
夏河を越すうれしさよ手に草履
鮒ずしや彦根が城に雲かゝる
花いばら故郷の路に似たる哉
路たえて香にせまり咲いばらかな
愁ひつゝ岡にのぼれば花いばら
青梅に眉あつめたる美人かな
かはほりやむかひの女房こちを見る
夕風や水青鷺の脛(はぎ)をうつ
夏山や通ひなれたる若狭人
さみだれや大河を前に家二軒
さみだれや仏の花を捨に出る
水桶にうなづきあふや瓜茄子
いづこより礫うちけむ夏木立
酒十駄ゆりもて行や夏こだち
離別(さら)れたる身を蹈込(ふんごん)で田植哉
狩衣の袖のうら這ふほたる哉
学問は尻からぬけるほたる哉
石工(いしきり)の鑿(のみ)冷したる清水かな
二人してむすべば濁る清水哉
草いきれ人死居ると札の立
河骨の二もとさくや雨の中
河童(かはたろ)の恋する宿や夏の月
雷に小屋は焼れて瓜の花
かけ香や唖の娘のひとゝなり
絵団(ゑうちは)のそれも清十郎にお夏かな
祇園会や真葛原(まくずがはら)の風かほる
涼しさや鐘をはなるゝかねの声
川狩や帰去来といふ声す也
夕だちや草葉をつかむむら雀
飛蟻(はあり)とぶや富士の裾野の小家より
ところてん逆(さか)しまに銀河三千尺
薫風やともしたてかねついくつしま
昼がほや町に成(なり)行(ゆく)杭の数 (『蕪村遺稿』)
学びする机のうへの蚊遣かな
動く葉もなくておそろし夏木立
五月雨や美豆(みづ)の寐覚の小家がち
(さみだれや美豆の小家の寝覚がち 「落日庵句集」)
みじか夜の闇より出て大ゐ河
石工(いしきり)の飛火流るゝ清水哉
目にうれし恋君の扇真白なる
みじか夜や浅井に柿の花を汲(くむ)
雲の峰に肘する酒呑童子かな
ころもがへ母なん藤原氏也けり (「新花摘」)
をちこちに滝の音聞く若ばかな
麦の秋さびしき貌の狂女かな
討はたす梵論(ぼろ)つれ立て夏野かな
金屏(きんびやう)のかくやくとして牡丹哉
ぼうたんやしろがねの猫こがねの蝶
方百里雨雲よせぬぼたむ哉
柚の花や能(よき)酒蔵す塀の内
夏山や京尽くし飛(とぶ)鷺ひとつ
すし桶を洗へば浅き游魚かな
五月雨や滄海を衝(つく)濁り水秋
秋来ぬと合点させたる嚔(くさめ)かな (『蕪村句集』)
秋たつや何におどろく陰陽師
貧乏に追つかれけりけさの秋
秋立つや素湯香(かうば)しき施療院
とうろうを三たびかゝげぬ露ながら
高燈籠滅(きえ)なんとするあまたゝび
梶の葉を朗詠集のしほり哉
恋さまざま願の糸も白きより
魂棚をほどけばもとの座敷哉
大文字やあふみの空もただならぬ
四五人に月落ちかかるおどり哉
いまづまや堅田泊リの宵の空
飛入の力者あやしき角力(すまひ)かな
夕露や伏見の角力ちりぢりに
負くまじき角力を寝ものがたり哉
柳散(ちり)清水涸(かれ)石処々(ところどころ)
小狐の何にむせけむ小萩はら
山は暮て野は黄昏の薄哉
朝がほや一輪深き淵のいろ
しら露やさつ男の胸毛ぬるゝほど
白露や茨の刺(はり)にひとつづゝ
身にしむや亡妻(なきつま)の櫛を閨(ねや)に踏
もの焚て花火に遠きかゝり舟
むし啼や河内通ひの小でうちん
月天心貧しき町を通りけり
名月やうさぎのわたる諏訪の海
庵の月主(あるじ)をとへば芋掘に
名月や神泉苑の魚躍る
紀の路にも下りず夜を行鴈ひとつ
去年より又さびしいぞ秋の暮
門を出(いづ)れば我も行人秋のくれ
かなしさや釣の糸吹あきの風
人の世に尻を居へたるふくべ哉
秋かぜのうごかして行案山子哉
甲斐がねや穂蓼の上を塩車
釣上し鱸(すずき)の巨口玉や吐
小鳥来る音うれしさよ板びさし
瀬田降りて志賀の夕日や江鮭(あめのうを)
秋の燈やゆかしき奈良の道具市
追剥を弟子に剃りけり秋の旅
秋雨や水底の草を蹈わたる
甲賀衆のしのびの賭や夜半の秋
遠近をちこちとうつきぬた哉
うき我に砧うて今は又止ミね
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉
泊る気でひとり来ませり十三夜
菊作り汝は菊の奴かな
落穂拾ひ日あたる方へあゆみ行
猿どのゝ夜寒訪ゆく兎かな
欠々て月もなくなる夜寒哉
山鳥の枝踏かゆる夜長哉
秋風(しうふう)や酒肆に詩うたふ漁者樵者
稲づまや浪もてゆへる秋つしま (『蕪村遺稿』)
戸をたゝく狸と秋をおしみけり
温泉(ゆ)の底に我足見ゆる今朝の秋
野分して鼠のわたるにわたずみ
看病の耳に更ゆくおどりかな
細腰の法師すゞろにおどりかな
門を出(いで)て故人に逢ひぬ秋の暮
盗人の首領歌よむけふの月
巫女(かんなぎ)に狐恋する夜寒かな
名月や露にぬれぬは露斗(ばか)リ
うつくしや野分の後のとうがらし
さればこそ賢者は富ず敗荷(やれはちす)
燈ともせと云ひつつ出るや秋の暮
硝子(びいどろ)の魚おどろきぬ今朝の秋
秋のくれ仏に化る狸かな (「新花摘」)
子狐のかくれ貌なる野菊哉 (「新五子稿」)冬
楠の根を静にぬらす時雨哉 (『蕪村句集』)
しぐるゝや鼠のわたる琴の上
初冬や日和になりし京はづれ
冬ごもり壁をこゝろの山に倚(よる)
冬ごもり仏にうときこゝろかな
茶の花や白にも黄にもおぼつかな
咲くべくもおもはであるを石蕗花
狐火や髑髏に雨のたまる夜に
風雲の夜すがら月の千鳥哉
磯ちどり足をぬらして遊びけり
里過て古江に鴛を見付たり
水鳥や舟に菜を洗ふ女有
早梅や御室の里の売屋敷
うづみ火や終には煮る鍋のもの
裾に置て心に遠き火桶かな
巨燵出て早あしもとの野河哉
腰ぬけの妻うつくしき巨燵かな
飛騨山の質屋とざしぬ夜半の冬
むさゝびの小鳥はみ居る枯野哉
大とこの糞ひりおはすかれの哉
水鳥や枯木の中に駕二挺
草枯て狐の飛脚通りけり
狐火の燃へつくばかり枯尾花
我も死して碑に辺(ほとり)せむ枯尾花
蕭条として石に日の入枯野かな
待人の足音遠き落葉哉
西吹ケば東にたまる落葉かな
鰒汁の宿赤々と燈しけり
ふく汁の我活キて居る寝覚哉
凩に鰓(あぎと)吹るゝや鈎の魚
こがらしやひたとつまづく戻り馬
こがらしや畠の小石目に見ゆる
こがらしや何に世わたる家五軒
凩やこの頃までは萩の風
木枯や鐘に小石を吹あてる
こがらしや岩に裂(さけ)行水の声
雪の暮鴨(しぎ)はもどつて居るような
うづみ火や我かくれ家も雪の中
宿かさぬ火影や雪の家つゞき
霜百里舟中に我月を領す
みどり子の頭巾眉深(まぶか)きいとをしみ
めし粒で紙子の破れふたぎけり
書記典主(でんす)故園に遊ぶ冬至哉
水仙や寒き都のこゝかしこ
水仙や美人かうべをいたむらし
冬ざれや小鳥のあさる韮畠
葱(ねぶか)買て枯木の中を帰りけり
易水になぶか流るゝ寒さかな
皿を踏(ふむ)鼠の音のさむさ哉
静なるかしの木はらや冬の月
二村に質屋一軒冬こだち
このむらの人は猿也冬木だち
鴛(をしどり)に美を尽してや冬木立
斧入て香におどろくや冬こだち
御火焚(おほたき)や霜うつくしき京の町
宿かせと刀投出す吹雪哉
氷る燈の油うかゞふ鼠かな
我を厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴ラす
一しきり矢種の尽るあられ哉
古池に草履沈ミてみぞれ哉
寒月や門なき寺の天高し
寒月や枯木の中の竹三竿(さんかん)
寒月や衆徒の群議の過ぎて後
細道になり行声や寒念仏
薬喰隣の亭主箸持参
妻や子の寝皃も見えつ薬喰
客僧の狸寝入やくすり喰
うぐひすの啼や師走の羅生門
御経に似てゆかしさよ古暦
ゆく年の瀬田を廻るや金飛脚
とし守(もる)や乾鮭の太刀鱈の棒
芭蕉去(さり)てそのゝちいまだ年くれず
冬ごもり心の奥のよしの山 (『蕪村遺稿』)
水仙に狐あそぶや宵月夜
水鳥やてふちんひとつ城を出る
鍋敷に山家集あり冬ごもり
桃源の路次(ろし)の細さよ冬ごもり
売喰の調度のこりて冬ごもり
生海鼠(なまこ)にも鍼(はり)こゝろむる書生哉
こがらしや覗いて逃(にぐ)る淵の色
落葉して遠く成けり臼の音
鷺ぬれて鶴に日の照る時雨哉
冬ごもり妻にも子にもかくれん坊
みのむしのぶらと世にふる時雨哉
化さうな傘かす寺の時雨かな
いざや寐ん元日は又翌の事
里ふりて江の鳥白し冬木立
ふく汁やおのれ等が夜は朧なる
逢(あは)ぬ恋おもひ切ル夜やふくと汁
冬されや韮にかくるゝ鳥ひとつ
我骨のふとんにさはる霜夜かな
初冬や訪はんと思ふ人来ます (「落日庵句集」)
(初冬や訪んとおもふ人来(きた)り 「新五子稿」)
襟巻の浅黄にのこる寒さかな (「夜半叟句集」)北寿老仙をいたむ
君あしたに去ぬゆふべのこゝろ千々に
何ぞはるかなる
君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ
をかのべ何ぞかくかなしき
蒲公の黄に薺のしろう咲きたる
見る人ぞなき
雉子のあるかひたなきに鳴を聞ば
友ありき河をへだてゝ住にき
へげのけぶりのはと打ちれば西吹風の
はげしくて小竹原真すげはら
のがるべきかたぞなき
友ありき河をへだてゝ住にきけふは
ほろゝともなかぬ
君あしたに去ぬゆふべのこゝろ千々に
何ぞはるかなる
我庵のあみだ仏ともし火もものせず
はなもまいらせずすごすごと彳める今宵は
ことにたうとき
釈蕪村百拝書春風馬堤曲
謝蕪邨
余一日問耆老於故園。渡澱水
過 馬堤。偶逢女帰省郷者。先
後行数里。相顧語。容姿嬋娟。
癡情可憐。因製歌曲十八首。
代女述意。題曰春風馬堤曲。(余一日(いちじつ)耆老(きらう)ヲ故園ニ問フ。澱水(でんすい)ヲ渡リ
馬堤ヲ過グ。偶(たまたま)女(じよ)ノ郷ニ帰省スル者ニ逢フ。先
後シテ行クコト数里、相顧ミテ語ル。容姿嬋娟(せんけん)トシテ
癡情(ちじやう)憐(あはれ)ムベシ。因リテ歌曲十八首ヲ製シ、
女(じよ)ニ代ハリテ意ヲ述ブ。題シテ春風馬堤曲ト曰フ。)
春風馬堤曲十八首
○やぶ入や浪花(なには)を出(いで)て長柄川(ながらがは)
○春風や堤長うして家遠し
○堤下摘芳草 荊与棘塞路
荊棘何無情 裂裙且傷股(堤ヨリ下リテ芳草ヲ摘メバ 荊(けい)ト棘(きよく)ト路(みち)ヲ塞グ
荊棘何ゾ無情ナル 裙(くん)ヲ裂キ且ツ股(こ)ヲ傷ツク)○渓流石点々 踏石撮香芹
多謝水上石 教儂不沾裙(渓流石(いし)点々 石ヲ踏ンデ香芹(かうきん)ヲ撮(と)ル
多謝ス水上ノ石 儂(われ)ヲシテ裙(くん)ヲ沾(ぬ)ラサザラシム)
○一軒の茶見世の柳老(おい)にけり
○茶店の老婆子(らうばす)儂(われ)を見て慇懃に
無恙(ぶやう)を賀し且(かつ)儂(わ)が春衣を美(ほ)ム
○店中有二客 能解江南語
酒銭擲三緡 迎我譲榻去(店中二客有リ 能(よ)ク解ス江南(かうなん)ノ語
酒銭三緡(さんびん)ヲ擲(なげう)チ 我ヲ迎ヘ榻(たふ)ヲ譲ツテ去ル)
○古駅三両家猫児(べうじ)妻を呼(よぶ)妻来(きた)らず
○呼雛籬外鶏 籬外草満地
雛飛欲越籬 籬高堕三四(雛ヲ呼ブ籬外(りぐわい)ノ鶏 籬外草(くさ)地ニ満ツ
雛飛ビテ籬(かき)ヲ越エント欲ス 籬高ウシテ堕(お)ツルコト三四 )○春艸(しゆんさう)路(みち)三叉(さんさ)中に捷径(せふけい)あり我を迎ふ
○たんぽゝ花咲(さけ)り三々五々五々は黄に
三々は白し記得(きとく)す去年此(この)路(みち)よりす
○憐(あはれ)ミとる蒲公(たんぽぽ)茎短(みじかう)して乳(ちち)をあませり
○むかしむかししきりにおもふ慈母の恩
慈母の懐袍(くわいほう)別に春あり
○春あり成長して浪花にあり
梅は白し浪花橋辺(けうへん)財主の家
春情まなび得たり浪花風流(ぶり)
○郷を辞し弟(てい)負(そむ)く身三春(さんしゆん)
本(もと)をわすれ末を取(とる)接木(つぎき)の梅
○故郷春深し行々(ゆきゆき)て又 行々(ゆきゆく)
揚柳(やうりう)長堤道漸(やうや)くくだれり
○矯首(けうしゆ)はじめて見る故園の家黄昏(くわうこん)
戸に倚(よ)る白髪の人弟を抱(いだ)き我を
待(まつ)春又春
○君不見(みずや)古人太祗が句
薮入の寝るやひとりの親の側澱河歌
澱河歌三首
○春水浮梅花 南流菟合澱
錦纜君勿解 急瀬舟如電(春水(しゆんすい)梅花ヲ浮カベ 南流シテ菟(と)ハ澱(でん)ニ合ス
錦纜(きんらん)君解クコト勿レ 急瀬(きふらい)舟電(でん)ノ如シ)○菟水合澱水 交流如一身
船中願同寝 長為浪花人(菟水澱水ニ合シ 交流一身(いつしん)ノ如シ
船中願ハクハ寝(しん)ヲ同(とも)ニシ 長ク浪花(なには)ノ人ト為(な)ラン)○君は水上の梅のごとし花(はな)水に
浮(うかび)て去(さる)こと急(すみや)カ也
妾(せふ)は江頭(かうとう)の柳のごとし影(かげ)水に
沈(しづみ)てしたがふことあたはず
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