| 1.大学時代の大切な締めくくりとしてのゼミ旅行体験では、4年生が自分達で計画した、手作りの旅行を下級生のゼミ生を伴って実行するものである。
2.そして、4年生の指導の下で実行されたゼミ旅行の成果は、全員で協力して文化祭で発表することにしている。なお、この文化祭の発表は、OBも見学に来る予定で、反省会には卒業した先輩のゼミ生も集まる。 |
東北地方−三内丸山遺跡探訪− 8月の上旬、5日間に渡り、青森県三内丸山遺跡から、岩手県中尊寺を中心とする、東北地方の神秘的な文化を体験する旅に出かけた。途中ねぶた祭り見物、十和田湖、奥入瀬渓谷、鉱山の町・小坂町、新郷村の伝キリストの墓、大石神ピラミッド等を訪れた。
8月上旬、5日間に渡り、佐賀県吉野ケ里遺跡を中心とし、北九州に根付いた弥生文化を肌で触れる体験する旅に出かけた。長崎県ではグラバー邸、出島跡、平和記念公園、おくんちで有名な諏訪神社を、福岡県では大宰府天満宮、こうろ館、大宰府政庁跡、福岡市博物館を、佐賀県では吉野ヶ里遺跡の他にも、明治の元勲・大隈重信公の生家や、佐賀県立博物館等を見学した。その他皆で1300年以上の歴史を持つ温泉に行き、4日間の旅の疲れを湯に流した。
昨年に続いて今回は宮崎駿の「もののけ姫」でみるタタラ鉄の里の舞台となった出雲の地を訪ねた。山陰地方の自然環境の素晴らしさと壮大な出雲大社、また広大な鳥取砂丘を訪れるなど、歴史や自然とのふれあいを心行くまで皆で味わった。
今年は再び東北地方を訪れた。益々激しく変わるように感じられる時代の根底の我国の古い歴史を再確認する旅であった。内容の濃い5泊6日の旅は朝5:30起床、6:00出発という日が3日続いた。移動距離は青森から秋田、山形、宮城に及んだ。この中で知ることが出来た古代からの人々の生活の実状は青森の「ねぷた祭り」や「羽黒山詣」立石寺、松尾芭蕉記年館見学,仙台での瑞願寺や瑞鳳殿、五大堂松島島巡りを体験、各地を訪問して重く受け止められた。確かに20世紀最後の年の旅行にふさわしいゼミ合宿であった
新しい世紀の始めに過去の日本と区切りをつけ、来る時代への新たな対応を心がける拠り所として、古代から語り伝えられた88ヵ所巡礼の地に旅立った。お遍路さんを迎えて、祈りと願いを受け止めてくれてきた四国の大地は、緑と太陽の豊かで明るい、のどかな
困難な時代の中で、古代から受け継がれて来た生活の流れの原点を訪ねようと3年4年のゼミ生12名と再び三内丸山遺跡を訪れた。何回訪れても言葉を凌駕する感動が心を湧きたたせ、幼かった時の母の温もりが霊気の様に私たちをつつみ込んでくれる様に思われる。またここに来たいとの思いを抱いて、次第に整備されていく遺跡を見学した。生きる勇気が湧いて来る思いだった。十和田湖のなりたちの歴史を博物館で学び、奥入瀬渓谷の流域の探訪で心が癒された。
和歌山県ー世界遺産高野山と那智大滝を訪れて 異常に暑い夏休みに今年もゼミの諸君と古代以来の日本の霊域を探訪した。今年は2人の先輩が参加してくれて、例年にない探訪であった。心を洗う霊域のたたずまいに古代からの再生の息吹を思い大きな力の存在を感じた旅であった。何という豊かさ、また心を癒してくれる海、山、川の姿と人々の歴史、何かい来ても再び訪れたいと思う。今年のゼミ旅行もゼミ生の共同行動と協力によって、無事に終わった。
比叡山延暦寺・石山寺・彦根城への旅 例年のように夏休みゼミ合宿が8月19日から21日まで(2泊3日)いつものように4年生3年生9人で行われた。夏の猛暑の中、静かな延暦寺の境内の木陰で蝉のなく声を聞きながら小休止をした。古代からのこの地域の山並みに、歴史上の出来事の面影をしのんだ一時であった。登山鉄道から降りて山の中を歩くとあちこちに次々と小さな寺が現れ、古い霊場であることを示していた。山を降りるとき少し雨が降った。すぐにやんだのだが急に蒸し暑くなって、あたりの木々の緑色が輝いたことが印象的だった。静かな石山寺への訪問、紫式部が源氏物語を書いた部屋などを見た。端正な古いたたずまいの寺であった。秋になれば紅葉の色がきれいなところであるという。彦根城の奥ゆかしさに触れて、徳川幕府の重鎮の心意気を感じた。皆でする旅行の楽しみは、手分けをして助け合い、歴史を共感しながら行われることである。今年のたびもゼミ長・久保野君が中心となり皆一丸となって無事に終わった。
広島を訪ねて(2006年8月9日10日11日) 今年の夏のゼミ旅行は春のゼミ旅行のメンバーだったのでゼミの行事は2回目であった。今年は広島の記念公園の原子爆弾被弾記念館を中心として厳島神社、戦艦大和博物館、姫路城を見る予定であったが台風に見舞われて残念ながら最後の白鷺城は訪問できなかった。それにしてもなんと違った雰囲気があることだろう。同じ原爆の記念碑の展示なのに広島と長崎の原爆投下の場所を見た感じの相違を感じた。言葉にあらわせない怒りと無念さが被爆者の思いのかたまりとなって被爆地を今でも覆いつくしているかのようである。展示されていた家族と子供たちの写真が忘れられない。戦艦大和の記念博物館は1年前にオープンした。創建当時の有様が展示物でよくわかった。ここを訪れる子供から老人の姿は平和そのものだった。しかし拉致問題や靖国問題が騒がれて久しい。現在社会のあり方を考えさせる一時であった。人懐こい鹿との思い出での厳島神社の参拝はまた暑い日の良い思い出である。
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