
(「自分自身を愛することが、愛のなかでも最も偉大な愛」 リンダ・クリード)
1969年9月25日生(てんびん座)
長い間自分と同じ誕生日の有名人って知らなかったのだが、最近発見した。スケートの浅田真央選手と同じ誕生日。
江戸川大学メディアコミュニケーション学部マスコミュニケーション学科准教授
成城大学文芸学部英文学科卒業
上智大学大学院文学研究科英米文学専攻博士後期課程満期退学
日本マンガ学会、日本教育メディア学会、サウンディングス英語英米文学会、上智英文学会
・Comic Form and Moral Advancement in Henry
and Cato (SOUNDINGS No.22,1996)
・Causality and Absurdity: Iris Murdoch's
A Word Child (『情報と社会』第8号、1998)
・批評史におけるインターテクスト概念 (江戸川女子短期大学紀要第13号、1998)
・歴史と批評 ルネ・ウェレック「文学の理論」再考
(『情報と社会』第9号、1999)
・馬鹿な人、極端な人、大多数の普通の人々 ジョセフ・コンラッド『闇の奥』における三つのキャラクター像(江戸川女子短期大学紀要第14号、1999)
など
基礎演習、マスコミュニケーション基礎、マスコミュニケーション演習・実習、マスコミュニケーション発展演習・実習、現代社会論I , II、専門研究ゼミ、卒業研究(江戸川大学)
英語III、英語IV (日本大学経済学部 )(2004年9月~ )
~普段何しているんですか。
私は仕事が趣味なんで、掃除や洗濯以外は、本を読んだり、ブックオフで(授業で使うかもしれない)マンガを立ち読みしたりしています。
「そんなんで人生楽しいですか」と聞く学生がいるが、君たち、今はそう言っていても、親から独立して何か仕事して金稼がなきゃならなくなったら、結局は仕事と趣味が重なっている人の方が絶対幸せだよ。
難しいけど、生きがいになる本当にやりたい仕事を探すべき。
モラトリアム期間の学生であるうちは、いろいろとでかい夢を持っているだろうし、それはいいことだ。
けど、若くなくなった時には、誰もがどう現実と折り合いをつけるかを悩むことになるよ。
~好きな音楽は。
みなさんも知ってるアーティストで言うと、U2やブラーなど。普通の洋楽。
「卒業アルバム個人写真撮影のお知らせ」のポスター作成などデスクワーク(雑用)をする時には、ラテンジャズかレゲエかケミカルブラザースみたいなテクノを聞いています。
しかし研究をするときはたいてい何も聞いていません。
よく学生に「音楽聴きながらよく勉強できますね」といわれますが、そういうときは雑用をしています。(←いかに普段研究をしていないかがわかる)
~好きな本は。
一冊あげるのは難しい。何回も読み返すのは「デビルマン」「日出処の天子」など漫画が多い。
本は買うとかさばるのでめったに買いません。
授業で本をたくさんもってること自体を自慢する先生がいるそうですが、それを読んで、自分の知識や思考に役立てないと意味がないと思う。
私は本をできるだけ買わないで大学図書館に入れて一回読んだら直ぐ返しますが、それでも次々出てくる読みたい本においつかない。
江戸川大学総合図書館の分類番号701、723、726、778などの本はほとんど自分が注文した「私の本」です。
~好きな食べもの、嫌いな食べ物は何ですか。
これよくきかれます。私はB級グルメで、すかいらーくグループのレストランで食べられるような普通の食事が好きです。
仕事の付き合いで、ええっというくらい高級なものを食べたことも何度かあります(某外国で高級コニャックと高級葉巻を試されたことなどがある、そんな貫禄あるわけないだろ)が、あまり好きになったものはなかった。
きらいなのは和食の一部の料理(味噌漬など)と、魚の練り物ですね。私は基本的に和食より洋食や中華が好きです。それと甘くて激辛いタイ料理はダメです。
ひとつだけ選ぶとしたらイタリアン。イタリア料理には幸せを感じます。
ついでですが、学生の引率でイギリスの語学学校にいくと「日本が嫌いなので」こっちに来たという若い日本人によく会いますが、そういう人に限って私と日本語を話したがり、また日本食を食べたがりますよね。
日本が嫌いなんじゃないの?
私は毎日毎日イギリスの食事でもぜんぜん日本食を食べたいと思いません。なぜか毎日同じようなイギリスの食事でも飽きないんです。
~仕事をしていて、最も気をつけていることは何ですか。
学生との接し方。向こうに押し付けがましく思われない範囲内でできるだけ接点をもっているように心がけています。
向こうが「ほっといてください」という態度をとられた場合には、できる限りほっときます。話し相手を探すほどヒマではないので。
~教員としてのポリシーはなんですか。
まずは、教育実習生のときに言われた、「授業は毎時間戦争である。」です。こちらから一方的に語るのではなく、戦略(マヌーバー)が必要です。
こんなこと本当に訊かれたので答えを考えたんだけど、
「真剣に取り組みながら、常にコンティンジェンシー(偶然性、偶発性)を見失わない。」
(学生たちは、こっちの予想外に伸びたり伸びなかったりするので、そこの所は柔軟に。)
「授業は肩の力を抜いて、学生と遊ぶのはマジで。」
(学生に「はい。」と返事されるだけでなく、文字通り遊んでもらえるのは能力や努力が要ります。)
こんなところかなあ。もっと考えます。
あと、「研究よりも教育。」
最近は文部科学省も、論文が何本あるからどうだってことよりも、教育的能力を重視して、各学校で教授・准教授・講師などを評価してくださいってことになってきている。
(大学倒産の時代だからね。銀行と同じで文部省管理の護送船団方式をやめたのである。)
私は注意力散漫で、研究者としての才能はぜんぜんありません。
下の方にある理由から、こういう体より頭を使う職業でしか生きていけないので、頭が悪いなりにせめて教育は頑張りたいです。
~なんで普通っぽいしゃべり方なんですか。
教員っぽく見えるように演技をしていると、現実の自分と解離して、我慢の限界になったらよくない事になりそうだから。
盗撮や未成年といかがわしい行為など、せこい犯罪をする教員が、たいてい普段は大人しくていい先生なのは、そういうことが原因だと思う。
私は幼稚園のときから「よい教員ぶってる」教員が嫌いで、自分はそうしたくない。
「あなたはここに来る意味がないでしょう。親は(学費を払って)損したわね。二度と来ないでくれます?」とか、丁寧な口調であれば「指導」だといって、内容としてはひどいことをいう先生がいるけど、そうはなりたくないなあ。
(例が妙に具体的ですが、もう引退した教員なので気にしないように)
というわけで、意味もなく教員らしく振舞おうとせずに「超」とか、「すげー」とか、普通に言う。
できるだけ「素」に近いほうが、無理がなくていいと思う。
ふざけた学生にふざけた対応をしていると、たまに真面目な学生から「それでいいのですか」と言われる。
しかし、犬のしつけ学校や自動車教習所みたいに、ある程度「強制」してもいいのは義務教育までで、ここは大学なんだから、いい意味でも悪い意味でも「自由」であり、私は真面目な人に迷惑がかかるとき以外は怒ったりしない。
真面目な人はずるいと思うらしいが、それは良い子は先生によって報われるという「学校的価値観」に毒されています。
社会に出れば嫌でもすべての人間が周りから評価されるって。
他人のことは気にしないで自分自身を向上するようにがんばってください。
ダメな学生を叱ったりしてエネルギーを使うのがもったいない。それよりもいい内容の授業をしたい。
あとふざけた学生には私は叱らないからいい人だと最初に勘違いするものもいるのだが、無視しているんだよ。(そのうちにわかるみたいだけど)
普通っぽいといえば、ホームページも、かなり「素」をさらしている。(このあとのQ&Aを読めばわかると思う)
ちなみに、授業があるときはネクタイは必ずしています。それは、ネクタイをするのが嫌いじゃないから。
私は頭が大きいから、ネクタイしてジャケットを着たほうが見た目がいいんですよ。
~なぜ教員になったのですか。
中学一年の時に交通事故に遭い、内臓破裂をおこして文字通り「九死に一生を得た」ことがあり、身体が弱いので体力がなくてもできる仕事をしようとした。
まずアトリエにこもりっきりの芸術家になろうと考えたが、才能がなかった。
それで大学の先生を目指して勉強した。
もともと読書が好きで内向的だったので、そんなに苦ではなかった。
しかし、自分よりもっとできる人をたくさん見てがっかりした。
が、ひきこもるわけにもいかなくて、何かでがんばろうと苦労しています。
しかしなってみると18歳人口の不足で学生が集まらず、関東だけでなく福島や静岡までの高校への営業まわりなど、体を使う仕事をしています。
でもまあ自由な時間が多くて楽かな。
リストラされなければ。(笑)
~そういうことで職業を決めたのですか。私は決められません。
いろいろな人生の選択肢を選べるのは幸せだと思いなさい。
私も一度でいいからスポーツをエンジョイしてみたい・・・。
不幸自慢はしたくないが尾骶骨骨折でセラミックを骨に刺していて、スポーツどころか歩くのも一苦労である。
~わりと神秘的なことを信じているみたい。
上記の事故で緊急入院した際、全身麻酔での手術で意識がなかったのに何か白いものをマメみたいなかたちの金属の皿に出すのを「上からの視線」で見た、と記憶していた。
2週間くらいして意識が完全に回復した後聞いてみたら、腎臓を片方摘出して、その時には腐って白くなっていたときいた。
内蔵が体内ですぐに腐るなんて知らなかったし、時間の感覚がしっかりしてから質問したので後で聞いたことを混乱して手術中に見たと勘違いしたのではない(と思う)し、やはりこれは臨死体験(ニア・デス)かなあ、と思っていること。
それと、私の左手の手相に、ちょうど事故に遭った14歳ごろ不幸なことにあうとずばり書いてあって(生命線と運命線がクロスして良くない印が出ている)、手相ができる人には必ず正しく指摘されること。
というのが死後のことや手相などを信じている理由です。
でも他人に分かってもらおうとは思っていませんし、自分でも科学的でないもののうち何を信じているのかはっきりはわかりません。風水なんかは好きです。
まあ神秘的なことを信じるほうです。
~首になったらどうしますか。
今最もよく聞かれるトレンディーな質問(笑)。
他の大学の教員になれなかったら、いい私立高校の先生になる。これなら出身大学院などのつてでなんとかなる。
40歳になったらわからないけれど、今ならクラス担任や部活の顧問(文化系に限るが)を十分やり、学生にまあ人気がある自信がある。
「ナニワ金融道」にあったけど、一度止めても他の職業には人は滅多になりません。やはり教員がいいです。
なお、この質問はシャレになりません。(笑)
~座右の銘はなんですか。
ニーチェの「意味がないから人生がつまらないのではない。弱き生を生きるものが意味にすがろうとするのだ。」という言葉です。
上に挙げた事故によって「死」を垣間見た(気がする)し、生きているだけでも腰の骨の骨折あとがつねに痛み、皮膚の傷跡がひりひりしてそれだけでもう疲れるのです。
自分よりも障害のある方には甘いこといって本当に申し訳ないですが、「生きていてもつらくて意味がないなあ、死のうかなあ」と10代の頃からつねにタナトスの誘惑が訪れていました。(←つい表現がオシャレになってしまった)のですが、ニーチェの言葉で少し気が楽になりました。
その時その時を楽しく、快楽的に生きていれば(強い生)、人生全体の意味がなくても別に良い。
むしろ、人生が楽しめない(弱い生)人が、「自分が楽しくないのは人生に意味がないからだ」と人生に個人が納得できる明確な意味などあるはずないのにわざわざ意味を考えようとする!
感銘しました。憂鬱が晴れました(少しだけど)。
ちょうど大学の授業はわりと自分の自由にできるので、「学生の人格形成」などあまり壮大な目標を立てないで、まあ学生の希望と自分の話したいことで妥協して気楽にやってます。
また、コンピューターや英語基礎などの機械的に技術を教えればいいマニュアルどおりの授業も、学生たちの「できるようになったー」という単純なヨロコビ反応が好きなので、たのしくやってます。
第一若い人たちと直接話せる職業自体が恵まれていると思います。
もうひとつ、最近は、以前教えた学生の数やヴァラエティに厚みが出てきて、教育の仕事は「相手の人生に自分の人生を刻みつける」(マンディーノ)ことだなあと感じるようになりました。
たとえば7年前に会った学生は、7年前の私を見ているので、久しぶりに会うと「ああその頃の俺ってそんなだったんだ」と自分の変化に気づかされます。
2002年6月にワールドカップサッカー「日本・ロシア」戦を新横浜まで見に行って、たまたま非常勤講師だった頃の学生が近くの席にいました。(すごい偶然!)
彼女が学生のときは私も教員として新人でとがっていて変に肩に力が入っていて、あまり仲が良くなかったのですが、すっかり忘れた頃に突然仲直りできました。
生きてて良かったなあ、「時間が解決する」ことがあるんだなあとそんな風に思いました。
~短大内では若い若いと言われています。実際に一番年下の専任教員だと、どうですか
カリキュラムなど全体の運営に意見がいいにくいのがつらいですねえ。
ところで、日本人の若者は他国の平均より「社会的地位の向上」などより「楽しく生きる」を目標にする割合が高いし、将来に悲観的なんだそうです。
私は30代ですが、考えが似ています。
ある日、筑紫哲哉氏がテレビでこのことについて「考えてみる必要があるかと・・・」などと言っていましたが、他人に迷惑をかけなければとくに目標を持たず個人的に楽しく生きることの何が問題なのでしょうか。
村上龍氏の「この国には何でもあるが、希望だけがない」というのを引用していましたが、村上龍は「現代とはそういうものだ」と作家として鋭く指摘しているだけで、良い・悪いの判断は保留していると私は思う。
「それでは悪い、希望があったほうが絶対良い」と彼が多事争論で訴えようとすることは、自分と同世代には通じるだろうが、若い世代には論点すらわからないんじゃないか。
コラムだから個人的意見を言ってよい、という以前に、若い世代にも自分の考えを分かってもらおうって気がないんじゃないかなあ。
学校の先生をしていると、「勉強して、仕事して、何になるの?」と言われて「いや、人として生まれたんだから、何かの価値があるはずだ」という価値観の押し付けはできない。実際に相手が納得しないから。
「皆が希望を持ちなさい」そういう前提は成立しないと思うなあ。
昔は将来に希望があったから、今は努力して金をためて、将来に使う、という価値観が成立したけど、現在は必要な金が手に入るだけ働いて、あとは時間を自分のことに使ってそのときを楽しく生きるという考え方がひろまっているのではないか。
国民年金などは自分の老後に本当に年金が出るのか怪しいし。上の世代が「がんばれ、将来のために努力しろ」という命令(努力は必ず報われると言う価値観の押し付け)は納得できないなあ。
自分が好きなことだったら努力するけど。
私は本を読んだり映画を見たりインターネットで遊んだりするのが好きなんですが、非常勤講師だったときに当時の某局長が私のことを嫌いで「文学をやってるのか。それは金にならんからだめだ」と何回か言われたのが嫌でねえ。
そういったって私の授業が面白いっていう学生が一定数以上いるし、下っ端らしく雑用は黙々としているし、だから専任になってもやましい所はなんにもない。
その人は、「カネ」になるならないだけで判断して、酒を飲むと「俺はこう思うんだ、そうだろ」と演説ばっかりで、他人と共有できる趣味のことや、なにかの話題についての議論(他人の意見を聞く)などがちっともできなかったね。
私は新しいことを知ったり考え方を変えたりすることができないで、組織内でエライってだけで若い人たちに我慢して話を聞かせる老人にはなりたくないなあ。
こういう人は「昔は貧乏だったが皆生き生きしていた、いまの若者は目が死んでいる」という。
けれど、私はハングリーではなくて目がぎらついてないだろうが、好きなことしてのほほんと生きているので、貧乏よりモノが豊かなほうがいいなあ。
人生のゴールに向かって一歩一歩歩んでいないようだが、そうしなくちゃいけないのか。
私の生きがいが文学や映画、マンガ、ネットなど「おたくっぽい」からって、どうこういうのは余計なお世話だよ。
学生の就職指導、クラブ活動、入試、広報、学園祭、卒業アルバム作成などなど、それなりに社会のニーズに合う仕事をしていますよ。
あとはほっといてください。
と、いきがっていたが、もはや若いなどといわれなくなりました。今この文章読むと恥ずかしいです。
あと、いまでは四年制大学に移籍して、自分より年下の先生(先に生まれるという意味だからホントは矛盾?)が何人もいます。
~死ぬことについてどう思いますか。
こんな質問めったにないけど、交通事故のことを話したら真剣に聞かれたことがあるんです。
もし今日私が事故で死んだらなんなので、いまのところの考えを書いておきます。
できるだけ生きるよう努力すべきだと思うけど、とくに世の中が自分の思い通りに行かない、という当然のことについて自分以外の世界全体を否定したり、怒ったりする人には「うまくこの世で生きられるよういろいろと努力しろよ」と言いたいが、どうしてもダメなら仕方ないんじゃないの。
生まれたくて自分の意思で生まれたわけじゃないってのも真実だし。
「じゃあ自殺していいのか」と聞かれたら、「死んだ後の世界が今の世よりいいところだと確実にわかるんだったら自殺してもよい」と考えている。本気で。
例えば不治の病にかかって、直る見込みがなくて生きているだけで苦しい、と「この世に生きていることがマイナス」だったら「ゼロ」に向かってもいいと思う。
これはカナダで実際にあって、「自殺してはいけない」と裁判になったそうだが、キリスト教の国では「死ぬ権利」ってないのだろうなあ。
私は今の世界でまあまあ楽しくやっているので、いま死にたくないが、本当に本当にこの世にいることが辛くなったらすぐ死んでもいいよ。
いちおう死にかかった体験をしたので、「死」そのものがタブーとか、怖いってことはないなあ。痛いとか辛いのは嫌だけど。楽に死ねるなら「怖い」ってことはない。
くりかえすが今は生きてていいから死なないけど。
まあ、健康だった小学生のころに読んだ「ブラック・ジャック」のブラックジャックとドクターキリコの会話の深さに、怪我をした後で読み返して気づいて以来、今のところそのように考えています。
一応「死」を身近に感じた経験があるので、死を軽く考えているつもりはありません。
13歳のあの時、内出血がひどく集中治療室で腹を割いたら天井まで血が飛んだくらいで(意識が戻った後、誰もいない病室でずっと天井のその跡を見ていました)死んだ確率のほうが高かった(執刀医による)ことから、なんと言うか、私は13歳以降の人生は偶然(contingency)じゃないかと宗教的に諦観しているつもりです。
まあ、生きているうちに本当に死を知ることはできないのだが。
でも、生きてて楽しいことがあるんだったら、生きたほうがいいし、ないんだったら楽しいことを探してみるといいと思うよ。
ただ、見つからないまま金や体力や気力が尽きたら、もうしかたないかなあ。
この状態の人に「もっとがんばれ」って言う気はないなあ。
しかし、正岡子規に、「悟る」とは死んでもいいと思うことではなくて、どんな状況でも生きようと思うことだ、という意味の言葉があるそうです。
いい言葉だなあ。
考え方としてはわかるような気もしますが、まだそこまで生に執着するほど悟ってはいません。
~なぜ車に乗らないのですか。
交通事故にあったからです。あれは痛いよ。(この文を書いただけでも傷口が開くことを想像したくないのに無意識でして、吐き気がします)
運転免許は何回も実技試験に落ちながらとったんだけど、トラウマなのかすっごく運転が下手で、やはり乗れません。
自分が運転してて死ぬのはいいけど、人をはねるのは絶対嫌だな。
キャンパスまではチャリ通です。よくママチャリでの通勤中にバイクに乗った学生に追い抜かれます。(笑)
最近は時間がかかるけど徒歩通学です。
~最も重要な出会いは。
事故で入院していた中一の時に、リハビリをして苦労して歩けるようになって(歩けるようになるまでのリハビリって辛かったなあ!)、初めて他の病棟まで行ってみたら、ある看護婦さんに「ぼく、生きていたんだ、よかったね」と泣きつつ笑顔で言われたことです。
私が救急車で緊急病棟に運び込まれる様子を見て、若いのにかわいそう、だめかと看護婦さんたちは思ったのだそうです。
よく考えてみると一度きり10秒くらいの出会いです。
当時の私はその日その日を生きるのに精一杯で、その日は「歩いて外に出て帰ってくる」という目標に一生懸命で、すごく時間をかけて外にやっと出た時には血の巡りが悪くて頭がボーっとしていました。
だから、相手の顔も覚えていませんし、どんな返事をしたかも覚えていません。
しかし、やっと退院できた後に考えてみると私の人生にとって本当に重大なことです。
私が生きているだけで、涙を流してくれる人がいるんだなあ、と。
それから、病院には生まれた時から2歳までに死ぬことが分かっている子がいました。
腹には凄い手術痕が数箇所あって、生まれてから病院の外にでたことがなく、医者が薬の箱でつくってくれたおもちゃの車を連れてよちよち歩いていました。
どの患者にも絶対に好かれる愛嬌たっぷりの子でした。
お母さんも覚悟していて、他の家族の面倒を見ないでずっと病院で寝泊りして住んでいました。
病院内の有名人で、どの病室にいっても歓迎されていて、私が歩き出した頃はまずこの子に追いつくことを目標にしました。
しかし、奇跡はおこらず、亡くなりました。
「あんな小さい子が死ぬことないよなあ」と人間の都合とは関係のない「死の不条理さ」を思いました。
とにかく、「死」を少しでも実感できた出会いでした。
~暗いことが書いてありますね。
このページを読んだ学生には必ず言われるのだが、もともとは暗い性格です。
知識オタクというべき性質で、読書やネットサーフィンのほうが、人と話すよりも好きです。
自己顕示欲が弱いです。このホームページはほとんど自己満足です。他人にあまり読んでほしくありません。
本当に人間が好きだったら、若い女子学生がキャーキャー言っていたらついついエキサイトして手を出したりして失敗すると思うよ。
授業ではハイになるので一見そう思われませんが、研究室では暗くしています。
(外交的な性格の人だったらこんなにホームページに書き込みしない、知り合いの学生はたくさんいるんだから外で遊ぶはずだ)
いろいろあって研究室に一日中学生がでたりはいったりしていると、明るく振舞いすぎて疲れて精神的バランスが悪くなりそうで、意味もなく非常勤講師室にこもって黙って新聞を読んだりしています。
ところで非常勤室のパートの奥様方は、よくヒマな教員のおしゃべりの相手をしているけど、私はそこまでしゃべりたくないなあ。
つげ義春じゃないけど、私だけの秘密の研究室ってあるといいね。