要旨一覧
ブルースの女王・淡谷のり子の生きざま 〜ファンとの心の交流を求めて〜
9912031 大谷 明日香
<はじめに>
『ブルースの女王』と呼ばれた淡谷のり子は、小さな頃はとてもオシャレでやんちゃな個性を持っていた。幼少時から歌が好きでうたいっ子と呼ばれ、のちにそのうたいっ子は日本中で『ブルースの女王』と呼ばれるようになる。戦中、歌手としての強いプロ意識で突き進んだ心意気や、メディアでもまれる姿、オシャレのトップリーダー的存在で時代をリードしたことや、人との心のつながりについてまとめた。
<内容>
- 生い立ちとオシャレ感覚
生い立ち ― 気質 ― オシャレのオピニオンリーダー
- ファンとの交流を求めて〜華麗なる歌手・芸能活動
流行歌手『ブルースの女王への道』― 慰問歌手の時代(戦中)― スキャンダリズムとの戦い ― ファンへの贈り物〜ライヴ『リサイクルリサイタル』
- 一般人やまわりの人にはどう支えられていたか
人気の秘密 ― ファンの熱意 ― 身内や親戚の中で ― マネージャーの役割
<重点>
第1章
- ・オシャレのオピニオンリーダー
- 日本人初アイラッシュ。アイシャドー、アイライナーなど、日本でバタ臭いメイクを始めた第1号である。その頃爪もまだ一色しかなかったキューティックスのエナメルで赤く染めていた。オシャレは生き方そのもの。日本の歌のステージで初めてイヴニングドレスを着て歌った人である。
第2章
- ・慰問歌手の時代(戦中)
- ・『別れのブルース』の広まり方
- ・聴き手の心に迫る
- 〜淡谷のり子がもんぺをはくことはない。私は私のまま歌いつづけよう〜
戦中相変わらずの化粧とパーマをかけた髪で、もんぺは1度もはかずキンキラキンでやっていた日本で唯一の歌手。歌仲間からは「生意気だ」「不謹慎」など非難の声を浴び、国防婦人会からは「ぜいたくは敵だ」と非難されたが、「これは歌手としての私の戦闘準備でぜいたくではない」と反論。
- ・スキャンダリズムとの戦い
- ・ラジオ番組『女性ジャーナル』
- 『女性ジャーナル』という1時間のワイド番組中の「身上相談」に出演する。男女の愛憎問題の相談にのる。感じるままに手厳しく発言するのでそれがウケた。
- ・『歌屋』対『養老院歌手』論争
- 〜芸能界生活の中での一番の大騒動は"歌屋事件"〜
紅白歌合戦を話題にしたのがそもそもの始まり。「だって私が選ぶんだから、私の基準で歌手だと思う人を上げたんです。落とした人たちは歌手じゃなくて"歌屋"でしょ」「歌手というより"歌屋"のはんらん時代」という言葉にレコード会社がカチンときたらしい。これが週刊読売に載ったら、大問題になった。週刊誌の件で、騒ぎは一層大きくなりついにテレビでの"歌屋論争"にまで発展。
- ・ファンとのコミュニケーション
- 「歌と一緒に死ぬのよ」
歌がとても好きで、とても愛していた方であり、それを愛してくれるファンもまたとても愛しかったのではないか。絶対大衆を甘く見なかった。本当にファンを大切にし歌いこんでいるうちに大衆の良さに愛情を感じてくるとさえ言っている。大衆にはまやかしを見破る本能的な叡智があるのだと感じていた。そしてその大衆への信頼が、いつも土壇場で救ってくれて、わがままを通す力(それが原動力)となっていたのだ。
<おわりに>
この研究は、淡谷のり子が時代の先駆者としてどのように生きて来たか、オシャレとスキャンダルを重点にマス・コミ学に絡めるかたちで行ってきた。スキャンダル面では、人は有名になるとマスコミとの関わりは非常にナーバスになる。人気の背後には色々なデマが流れたりすることは昔から起こっていたことが判明。視聴者もその類の情報を面白がる傾向にある。だが、人の真実とはやはりメディアを通してだけでは解り得ないものであり、作り上げられた真実が私たちに伝わることも多々あるのだ。研究をしていくうちに、彼女の「コワイ先生像」とは全く違い、女性らしい印象がついた。スキャンダル面から一気に広がったこの印象からも、メディアの力の凄さを感じ取ることができる。他に宣伝広告が昔はどのように行われていたのかを改めて知った。昔から有名人のスキャンダルは、ネタとして偽りでも消費者や視聴者の心理を掻き立てるものなのであろう。
歌の業績としては、今日のポップミュージック隆盛の基礎を作り、シャンソン・タンゴ・ブルースを日本に広めた先駆者でもあった。全身がプロ意識で満ち溢れている人であった。時代のファッションリーダーとして、昭和にとどまらず今日平成の日本国内、女性のオシャレ界にも大影響を与えたのかもしれない。
マス・コミュニケーション学科のページにもどる
|